温泉旅行は満喫したい その4

 夜も更け、時計はそろそろ21時を回ろうとしていた。燈と桜は既に寝息をたてながら気持ち良さそうにふたり並んで布団で寝ていた。そんな微笑ましい光景を他の面々で眺めながら薫のお酒に付き合っていると、七海がとある提案をしてきた。


「私さ、ちょっと行ってみたいとこあるんだけど……どう?」


「俺はいいけど」


 七海の提案に俺がそう返すと、乃愛は少し呆れながらも薫の方を見た。


「私はここで薫さん見とく。ちょっと心配だもん」


「らいじょうぶよ…………まだ酔ってないもん……」


 お酒に弱いのに飲みたがる薫の悪いクセだ。ビール2缶で呂律が回っていない。楽しかったからペースが早いのもあるだろうがもう既に歩ける状態ですらないだろう。

 そして栞も首を横に振り、眼鏡と単語帳を取り出した。


「私は少し勉強をな。ふたりで行ってくるといい」


 というわけでふたりきりで七海の行きたい所とやらに連れていかれることになった。それはどうやら旅館の中にあるらしく、俺は七海の後ろを何も言わずに歩くことにした。


 それにしても、だ。


 七海の温泉浴衣姿の破壊力が凄まじい。たまにすれ違う人々が驚いて二度見している。男女関係なくだ。二度見した上で隣の俺も見て驚くまでがセットでもある。


「なんか見られてない?着方が変なのかな?」


「…………七海が可愛いからじゃないか?」


「……そういうのは零央くんだけでいいんだけど」


 というバカップルみたいなやり取りをしつつ辿り着いた先は旅館にあるゲームコーナーだった。時間も時間だし人もあまり居らず、絶妙に空いていた。


「さぁ零央くん!勝負だよ!」


「勝負?どうやって?」


「それは勿論……あれです!」


 七海が指差した先にはふたりで出来る太鼓型の音ゲーがあった。七海はこれが得意…というか音ゲー全般上手だ。


「……やってやろうじゃねぇか」


「負けたらコーヒー牛乳奢りねー」


 突然始まったゲーム対決。勝てる見込みも無かったが真剣にやらないのもつまらない。というわけでいざスタートしてみたのだが……



『フルコンボ~!!』


「どやぁ……!」


「なんだよこの譜面……バカじゃねぇの…」


 結果は惨敗。七海はうざったいドヤ顔をこれでもかと俺に向けていた。ウザイけど正直かわいいが勝つ。

 だが負けたのは悔しい。俺はすぐに辺りを見渡し、リアル方面のレースゲームに目を付けた。


「…………次はアレな?」


「望むところだよ。天才的なゲームセンスってやつを見せてあげる」


 完全に調子にのっている七海を連れてレースゲーム対決を始める。結果はというと……


「ね、ねえ!ちょっ…ぶつかるんだけど!」


「はい雑魚乙~」


「なんで………ゲームのやつなら出来るのにぃ…」


「そりゃアイテムとか無いからな。これがリアルってわけ」


「むっっっかつくぅ……!」


 七海をぶっちぎっての圧勝。鬱憤を晴らすようにここぞとばかりに煽ってやった。すると七海は悔しそうに次のゲームを指差した。


「ホッケーでケリをつけよう!」


「……いいぜやってやんよ」


 ゲームセンターには必ずあるといってもいい定番のホッケーのゲーム。最後に相応しく、大人げないが俺が有利だろうと勝負を受けたのだが、いざ始まってみればそういうわけにもいかなかった。


「ほいっ!」


「…………」


「よっ……!」


「………………」


 どうしてもゲームとは関係ないモノの揺れに集中力を奪われる。七海も動きがオーバーなせいですさまじく揺れる。たまに前屈みになる時なんかもうすっごい。反射的に吸い込まれてしまう。


「やった勝ったぁ!」


「…………よかったなぁ」


 結果として俺は惜敗。失点のほとんどは集中力の欠如によるミスからだ。という言い訳をしても負けは負け。しっかりとコーヒー牛乳を奢り、ゲームセンターを楽しみ尽くした俺達は部屋へと戻ることにした。




「…………おかえり。楽しかったか?」


「楽しかったよ。ありがと栞ちゃん」


 部屋に戻ると栞がまだ勉強をしており、乃愛は薫に抱き枕にされながら一緒に眠っていた。


「栞は寝ないのか?」


「………もう少しな」


「じゃあ私は寝るねぇ………ちょっとテンションあげすぎたぁ……」


 七海は大きなあくびをしながら布団の方へと向かい、倒れるように布団に寝転がって数秒もしないうちに眠りについた。

 電池の切れた七海を見て栞は柔らかく笑うと、単語帳を閉じて俺に隣に座るように促してきた。


「君も寝るか?」


「いや……栞が寝たら寝るよ」


「………じゃあこのまま朝までだな」


「色々と疲れてんだろ?ちゃんと寝ろよ」


「………疲れてはいるが、それだと何のために起きていたのか分からないだろう?」


 栞はそう言いながら俺に体を寄せてきた。俺はそれに応えるように栞の手を握り、栞も強く握り返してくれた。


「……零央。キスしないか?」


「栞ってキスすんの好きだよな」


「…………キスが好きなんじゃない。君を感じれるのが好きなだけだ」


 栞は少し恥じらいながらも顔を近づけてきたが、あと少しというところでカチャリと栞のかけていた眼鏡がぶつかってしまった。


「…………ふふっ」


「……外してやろうか?」


「いや………大丈夫だ」


 ぶつかったという事がなんだか面白くて、ふたりで笑いを堪えながら顔を離した。栞は良い感じの空気を壊した眼鏡を外してケースにいれると、布団の方へと移動し始めた。


「しなくていいのか?」


「ああ。気が変わった」


 栞はそう微笑みながら布団に寝転がると、誘うようにこちらに手を伸ばしてきた。


「続きがしたいなら……君からくるといい」


「…………ズルい女だな」


「……ノーコメントだ」


 誘われるがまま栞の上に覆い被さる。先程の七海との一件もあって俺は止まることは出来ず、そのまま栞にキスしようとしたのだが……


「ちょっと零央くん……」


 突然名前を呼ばれ、恐る恐る横を見た。するといつの間にか体を起こしていた薫がこちらをジッと見つめて頬を膨らませていた。


「わたしと約束したじゃない………!」


「………このあと……みたいな?」


「ふふ……なんだか浮気男みたいだな」


「浮気っ!!!?」


 栞が笑いながら言い放った「浮気」という言葉に寝ていたはずの燈が飛び起き、今にもおっ始まろうとしている俺の姿勢を見て大声を発した。


「ズルい!!!」


「うるさいあかり…………なに……」


「どうしたんですか薫さん………急に起きて……」


 燈の叫びに桜と乃愛も目を覚まし、こちらを見て大体の状況を一瞬で理解していた。先程の寝たばかりの七海もムクリと体を起こし、ニヤリと微笑んだ。


「栞ちゃん……やっぱりそういうつもりだったんだぁ…」


「………バレてたか」


「ヤるなら皆でヤりましょう!!!」



 結局全員起きてしまい、燈の風情も何もない掛け声と共に俺達の長い長い一夜が始まるのだった。

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