3章 夜のデート

第27話

 ひなたが待ち合わせ場所に着いたのは午前九時半だった。公園には誰の姿もなかった。早く来すぎてしまったらしい。


 ひなたは公園の入り口前に自転車を停め、青い空を眺めた。大きい雲がたゆたっている。


 学校で邪険に扱われるようになってから二週間が経過していた。カヤとの関係は未だ修復されていない。時間の経過を持つしかないだろうな、とひなたは結論付けていた。


「隣のクラスの子から無視された時はちょっと傷ついたなぁ……」


 悪評は学校全体に広まっている。この様子だと他校に流れている可能性すらあった。田舎は村社会で情報の拡散が早いのだ。


「ひーなた」


 いきなり後ろから抱き着かれ、「ひゃっ」と声を上げる。胸をわしずかみにされた。


「ちょ、な、やめ!」


 好き勝手に体を触られる。ひなたは早い段階で抵抗を諦め、「や、やめろよぉ……」と泣き声を発した。やがて解放される。ひなたはフェンスに手をつき、振り返った。私服姿の廻を睨みつける。


「……許可なしで抱き着くのはやめてって話したよね?」

「うん、覚えてるよ」

「じゃあ、なんで抱き着いてきたわけ? 通報されたいの?」

「久々のデートだからね」

「理由になってないんだけど」

「二回目のデートなら、そういうことも許されるかと思って」

「……」


 なんだその童貞みたいな理論。恋人になったらいつでもキスオーケーだと思っているタイプか?


 廻は、水色の清楚なワンピースを着ていた。すごく似合っている。

 ひなたは気を取り直して言った。


「その私服、可愛いね」

「ひなたも可愛いよ。七五三みたいで」

「なんだと」

「冗談。拗ねなくていいじゃん。とっても可愛いと思うよ。可愛い、可愛い」


 ひなたは黒を基調とした服を着ていた。今日のために買ったものだ。


「それじゃあ、行こうか」


 自転車を押して歩き出す。

 これが二回目のデートか、と感慨にふける。

 一回目は鉄山に登り、中学生の自殺を止めた。その後、不良中学生達と喧嘩したのだ。

 ……あれをデートにカウントするのはどうかと思う。シンプルに嫌だった。


 ひなた達はゲームセンターに足を運んだ。例の中学生達と揉めた場所である。


「今日はたくさん遊ぼっか!」


 元気よく声を弾ませる。

 廻は自転車に施錠をしてから口を動かした。


「テンション高いね」

「廻はテンション低すぎるよ。ボランティア活動している時とあんま変わってないじゃん」

「ある意味これもボランティアみたいなものだからね」

「なんだと」

「冗談。私なりに楽しんでるよ」


 ここ最近、ひなたは更生プログラムの一環として廻を引き連れ、いろいろなボランティアに足を運んでいた。無償の奉仕をすれば廻の心の成長に繋がると考えたからだ。


 廻は呑み込みが早く、どういうボランティアも卒なくこなした。子供達と接するボランティアでは、笑顔を浮かべて対応していた。それを見た時、ひなたは衝撃を受けた。学校の人間に話しても信じてもらえないだろう。小学生にスカートを捲られ、その腹いせに転ばせて泣かせてはいたが、おおむね反抗的な態度は取らず、ひなたの指示に従ってくれた。


 今日は純粋に遊ぼうという話で集まっていた。提案したのはひなただ。廻がニヤニヤしながら「デートってことでいい?」と訊いてきて、もうそれでいいよ、と返したことを覚えている。


 ひなたと廻は肩を並べ、駐輪場から離れていった。今日はたくさん遊ぶぞ、と心の中で気合を入れる。

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