第26話
カヤがタクシーで帰るのを見届ける。
ひなたと廻は昇降口に立っていた。さきほどより雨脚は弱くなってきている。
「どうしてカヤに話を聞かせたの? あんなところに入れてまで」
「ひなたはカヤを弁護すると思ったんだ。だから、それを聞かせてあげようと思ったの」
「善意ではないよね?」
「騙した友達に弁護されるってどんな気持ちになるのか、訊いてみたかったからね」
「悪趣味だなぁ」
顔を顰める。
廻は傘を開いた。こちらを見て微笑む。
「中学時代のストーカー被害は本当だった、って言ってたよね。まさか、この期に及んで嘘をつくとは思わなかったよ」
「嘘とは限らないでしょ」
「彼女は生粋の嘘つきだよ。彼女みたいな知り合いが一人いるんだけど、両親に精神科医のところへ連れていかれていた。『演技性パーソナリティ障害』って診断がおりたみたいだよ」
「……演技性?」
「過剰に悲劇のヒロインぶって周囲の注目を集めようとする精神病のこと」
「カヤがそれだっていうの? 素人判断で決めつけるのはよくないよ」
「カヤがそうだとは言ってないよ。まぁ、ひなたの言う通り人を病気扱いするのはよくないよね。私も両親に精神病を疑われたことがあったけど、いい気分ではなかったから」
ひなたは口を噤んだ。廻はこちらの反応を見て、愉快そうに続けた。
「結局、精神科に連れていかれたけど、なんの診断も下りなかったよ。両親はがっかりしていたなぁ。私に何か精神病が隠されている。そう信じたかったんだろうね」
意見を口にすることはできなかった。重い話に思えたからだ。
廻が空を見上げながら言う。
「カヤが明日以降、どういう立ち回りをするのか見ものだね」
「……どういうこと?」
「本性が暴かれちゃったわけだからねえ。しかもカヤは自分の口でそれを認めてしまっている。これまでも彼女の『卑劣さ、卑怯さ』を知ってしまった人はいたと思う。でも、それを知ってしまった人間は皆、咎めることをしなかった。今回の両親もまさにそう。ストーカーなんていないと思いながら、娘のいいなりになっている。そんなんだか今回みたいな狂言事件が、起こるべくして起こったわけだね」
「甘やかされていた、って言いたいの?」
「カヤにとっては、初めてのことだと思うよ。自分の『卑劣さ、卑怯さ』を人前で認めたのは。彼女にこの現実を受け止め、耐えられるだけの強さがあるかな?」
「……わたしはカヤを信じるよ」
ひなたと廻は一緒に帰路についた。お互い無言のまま足を進め、やがて商店街の途中で別れた。一人で自転車を押しながら、さきほどの廻の話を思い返す。
きっと大丈夫、わたしとカヤの関係は終わらない。
自分に言い聞かせる。
しかし、そんなひなたの願いは打ち砕かれることになった。
翌日、カヤに挨拶したら薄い反応しか返ってこなかった。それだけではない。クラスメイトの大半から距離を置かれるようになっていたのだ。こちらから声を掛けてみても、必要最低限のことしか話してくれなかった。
「カヤ、今ちょっとだけ話せる?」
帰りのホームルームが終わった直後、再び声を掛けてみたが、「ごめん、用があるから」と硬い表情で断り、教室を出ていった。
鞄に荷物を詰めていると、廻が近づいてきた。薄い笑みを浮かべて言う。
「気分はどうかな?」
「絶好調とは言い難いよ」
カヤはSNSを使って昨日のうちに根回しを済ませておいたのだ。
ひなたはクラスメイト達の忠告を無視して廻と付き合い続けた。そのことでヘイトは溜まっていたのだ。カヤはその状況を利用した。
「ひなたちゃんに嘘つき呼ばわりされたんだ」
そんな主張をしたのだろう。あっという間にひなたは、ストーカー被害に苦しむ親友を嘘つき呼ばわりする最低人間の烙印を押されてしまったわけだ。
名誉を回復するには、カヤの嘘をクラスメイト達の前で暴くしかない。しかし、廻の言ったようなことを皆の前で披露したところで、納得してくれるとは思えなかった。状況証拠しかないわけだし、廻にしてもひなたにしても、クラスメイト達から嫌われている状態だ。聞く耳なんて持ってくれないだろう。
そもそも、ひなたはカヤの嘘を暴きたいと思えなかった。
カヤはカヤなりに考え、このような状況を作ったのだろう。
彼女にとって、真に弱い部分を人前で晒すという行為は、それだけ重いことなのだ。たぶん、命を落とすのと同じくらい。
「報復しよっか? 手なら貸すよ」
廻が小声で恐ろしいことを言う。
ひなたは笑った。
「別にいいよ。というか、更生させようって人間に言うことじゃないでしょ、それ」
「強がらなくていいって。いくらでもやりようはあるからね」
「結局これは、わたしが招いたことでもある。カヤの言うことを全て妄信して甘えさせてきた、その結果だよ。全てを受け入れて前に進むことにする」
「……恨んでないの?」
「恨む理由はないからね」
席を立ち、ゆっくりと教室を見回す。誰もこちらを見ようとしなかった。意識して視線を逸らされている気がした。たぶん、女子だけではなく、男子にも話は伝わっているのだ。
なるほど、廻はいつも、こういう状態で学校に来ていたわけか。
自然と笑みが浮かぶ。
不思議と悪い気分はしなかった。
ひなたは声を張って言った。
「廻、一緒に帰ろうか」
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