第25話


「いったい、どうして……?」


 混乱した状態で呟く。

 カヤはゆっくりとした動作で清掃用具入れから出てきた。肩を震わせ、目を泳がせている。

 廻は真顔で言った。


「全員を追い出した後、カヤには一度帰るふりをしてもらったんだ。それから隠れるよう指示を出したの」

「な、なんでそんなことを……?」

「ひなたの反応を見てもらうためだよ。いや、正確には聞いてもらうためかな」


 俯いているカヤの元に歩いていく。


「で、騙した相手が自分を庇う光景はどうだった? 感想を聞かせてほしいんだけど」


 カヤは覚悟を決めた表情で呟いた。


「確かに……私は嘘をついたよ」


 心臓がえぐられるような思いだった。

 廻の推理は当たっていたのだ。


「ひなたちゃん、ごめんね。これは仕方のないことだったの」


 カヤがこちらを向き、泣きそうな顔で言う。


「今回のストーカーの件は灰崎さんの言うように嘘だった。でも、嘘をついたのにはちゃんとした理由があるの」


 中学時代ストーカーに付け狙われていたことは事実だという。しかし、周囲を心配させたくなくて、親友のひなた以外には事件のことは話していなかったそうだ。


「過去の事件は本当にあったことだけど、今回は私の狂言だったの」


 最低だよね、と俯きながら続ける。


「でも、私には嘘をつくしかなかったんだ。お父さんのことを、放っておけなかったから」

「自分で告発すればよかったんじゃないの?」


 廻が軽い調子で訊くと、カヤは溜息交じりに言った。


「私は心が弱いんだ……。昔から人と衝突できない性格だった。それは両親相手でもそうで、私の口からお父さんを責めることはできなかった。だから、ひなたちゃんに告発してもらおうと思ったんだ」

「言ってくれればよかったのに……」


 ひなたが掠れた声を出す。


「そうだよね。それも考えた。でも、ストレートに言ったら、ひなたちゃんにダメな子だと思われる気がした。だから、紙を見つけてもらって、ひなたちゃんの口から浮気の件を持ち出してほしかったんだ。でも結局、上手くいかなかった。だから、お父さんが浮気相手と会っている時を見計らって、鉢植えを自宅の壁に投げつけた。それからリビングに戻って、家にストーカーが現れたってひなたちゃんに電話したの。自分で通報するのはどうしても勇気が出なかったから。この場面でもひなたちゃんを頼ってしまった」 

「対等な人間関係とは言えないよね」


 廻が真顔で言う。

 カヤは涙を流した。


「最低なことをしたって今では後悔している」


 肩で息をしながら続けた。


「灰崎さんの推理通り、狂言だってことは、感づかれてると思う。大人達の接し方でわかったよ。気づかないふりをしてくれているみたいだけど」

「……お父さんの件はどうなったの?」


 ひなたが訊くと、カヤは申し訳なさそうに答えた。


「お父さん、嘘をついた。だけど、お母さんは察してると思う。でも、公にするつもりはないみたい。こういうことがあったから、お父さんはもう浮気しないだろうって考えているんじゃないかな……。お母さん、クレバーだからね。白日の下に晒しても、意味がないと考えているんだと思う」


 カヤは泣きながら頭を下げた。


「本当、ごめんね。こんなことをした私を許してくれなくていいよ。だけど、何度だって謝らせてほしい。本当にごめんなさい」


 ひなたは溜息をついた。

 正直、気持ちの整理はついていなかった。悪い夢を見ている気分だ。

 親友を見つめながら口を動かす。


「ストーカーがいなくて安心したよ」

「ひ、ひなたちゃん……」


 だけど、と硬い表情で続ける。


「理由はどうあれ、たくさん嘘をついたよね。そのことは反省してほしい。不安に駆られたのはわたしだけじゃない。クラスメイト、両親、全員そうだよ。警察にも迷惑をかけている」

「は、反省するよ」

「それから、わたしとカヤの関係だけど、これまで通りを維持するのは難しいと思う」


 カヤは悲しそうに眉尻を下げた。


「勘違いしないで。絶交しようって話じゃない。わたしがカヤを追い詰めたところもあったと思う。廻の言う通り、健全な関係性じゃなかったんだ」


 これまでは、一方が寄りかかるだけの関係を築いてきた。

 今回の事件を契機に変えていけばいい。そう思った。

 ひなたは笑みを浮かべて言った。


「また一から、いい関係を築いていこうよ」


 カヤは再び涙を流して頷いた。

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