はねかして手鞠に似たり刺繍花

はねかして手鞠てまりに似たり刺繍花ししゅうばな



※季語は、刺繍花。あじさいのことです。



ぱしゃり。

音が、聞こえた。


いけない。

水たまりに、彼女の足が入ってしまった。


「水、しみてない?」

「うん、平気。靴も……無事。ありがとう」


僕の方こそ、ごめん。

大学の中だけれど、水たまりがあるここでは、手をつないでいたらよかった。


それから。

「今、何かを見てたよね」


「うん。向こうの花壇に、あじさいが咲いてて」

「あじさい。へえ」

うちの大学の花壇、ほんとうに色々植えられているんだなあ。


「靴と足が大丈夫なら、見に行こうか。あと、今だけ、もしも、よかったら」

「……ありがとう」


僕の手を、嬉しそうに握ってくれた。

よかった。

こういうときは、気をつけないと。

ほんとうに、ごめん。


「ほとんどが、青いあじさい。まだ、これから色が変わりそうね」


丸い形の、かわいいあじさい。


「ほぼ、青だね。それに、丸い」

「鞠みたいね」

「鞠。手鞠? じゃあ、ぽんぽんはねるのかな」


「あじさいの手鞠。素敵ね」

彼女は、笑ってくれた。


「うん」


水たまりは、この花壇のそばにもあるから、気をつけないと。


水しぶきと、あじさいと、彼女。

それはそれで、素敵な気がするけれど。


あじさいはともかく。

彼女が濡れてしまったら、たいへんだから。



※はねかし、には、ねかし、と跳ね、を掛けております。


小さな花と、その周囲を囲む、花弁のようながく

それらが集まり、あじさいは、まるで、鞠のよう。


そんな、かわいらしいあじさいを、手つなぎで見ている二人です。



彼女と、あじさいの手鞠。


風に吹かれて、鞠のようなあじさいがはねるように、揺れて。


水たまりの中で、飛沫が飛んでも、何故か濡れずに、むしろ、楽しそうな彼女。


彼の想像の中では、彼女と、手鞠のようなあじさいが、そんなふうに遊んでいるのかも知れません。



大学内なので、手つなぎは、今だけ。

想像を巡らせられるのも、そう。


だから、少しでも長く、この場所花壇にいられますように。

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