「お前は!お前であることを放棄するべきじゃなかった!」
「ねーねーアリス。私ね、アリスのこと好きだよ?」
「急にどうした?」
「はい、不正解!ここは、俺も好きだよって言うところでしょ?」
寝てるのか起きてるのか分からない。
「ねぇアリス。私…みんなに嫌われてるみたいなの…」
「何かあったの?」
「なんでか分からないんだけど…最近…私の私物がよく無くなってるの」
真っ暗な場所でふわふわと浮いてる俺の周りでたくさんの話し声が聞こえる。
「ねっアリス。私欲しいものがあるのっ!」
「今度は何が欲しい?と、いうか…最近欲しいものだらけだな?」
「だって、アリスからの贈り物って考えると嬉しくなっちゃうんだもんっ!」
男の方は…俺?だけど、俺はこんなこと言った記憶はない。
「ねね、アリス。ウサミのこと妻にしてくれる?ウサミはアリスがいないと…」
「ったく。ウサミは俺がいなきゃダメなやつだな」
「えへへ…そうだよ?ウサミはアリスがいないと生きてけないんだもん…」
なんだ?俺は知らない…。こんな話はしたことがない。なんだ?これはなんの記憶だ?一体俺はどうしたんだ?
「あのさ、アリス。計画はちゃんと進んでるんだよね?」
「は?俺の計画が進まないとかあるわけないじゃん。あるとしたらお前が駄目にしてる時だけだし」
「は?意味わかんないんですけど。まぁいいや、ちゃんとアイツ…ウサミを消してよね」
…ウサミを消す?
「…っは!」
俺は机にうつ伏せていたままの顔を勢いよく上げる。
…。
どうやら俺は授業が終わってそのまま机で寝てしまっていたらしい。
がらんとした教室の中は静かで、窓から差し込む日が夕焼け色だからか教室内は少し寂しげな雰囲気がする。
そういえば朝のメイド達は様子がおかしかったけど、このまま俺は寮へ帰ってもいいのだろうか?
寝る場所がないのは困るんだがな…。
誰もいない事をいいことに、座っていた椅子の背もたれに背を乗せる。
「あー。なんかやになる」
俺が気だるげにそう呟いた時、俺の後方から目前へと何か白い煙がふわふわと漂ってきた。
『なんだこれ?』と、俺はその煙をゆっくりと目で辿ってゆく。
特に何か思っていたわけでもなければ、この煙に興味があったわけでもない。
そこにあるから、ぼうっとした頭のままソレに反応しただけだった。
「君は…誰だ?」
俺が完全に振り向いた形になった時、俺の目線の先にはクラスの担任がいた。
白いジャケットに緑色のシャツを合わせたとても目立つ格好をしてるこの担任。
いつも同じ服装をしているので皆に『先生はその服以外にも服は持っているんですか?』と、聞かれるのだ。
担任曰く『そんな些細な事を気にするより、他にもっと気にしなければいけないことがあるのだよ』らしい。
全くもって返事になっていない。
その担任が俺の真後ろの席に座り、水タバコをふかしているのである。
俺の顔なんてここ二日毎日見ているであろうに『君は誰だ』と聞いてくるのだ。
これはいつもと同じで多分、表面的な質問じゃないのだろう。
「先生。俺は…今の自分がよくわかりません。二日前までははっきりわかっていたとは思うのですが…最近変わったことが多すぎまして」
「それは説明してもらわねばならないな」
「きっと話ても信じてはもらえません。俺自身もよくわかっていないんです。…きっと俺は俺ではないんだと思います」
「そんな曖昧な」
「先生は考えた事はありますか?もしある日突然自分の未来が見えたとして…学園で過ごすこの三年間は幸せで、なのに…裏切られて自分が死んでしまうなんて事が…そう。決まっていたとしたら。…なぜそうなるかは分からない、でもそうなるかもしれない。そんな中おかしな事が起こり始めたら…多分先生も説明なんてできないでしょう」
「思わないね」
俺の回りくどい話し方が頭にきてるのだろう、水タバコのペースが早い。
「お前は…何が言いたいんだ」
「いえ…ただ少し、疲れているだけです」
「ハッ。…お前は誰だ?何がしたいんだ?どうしたい?どうなりたい?そんなの他人がわかるものじゃない」
「…そう、ですね」
「お前が自分のことを誰だと思っているのかは知らないが、俺は俺のことを俺だと思っている。決めるのは自分だ」
先生はひどく顔を歪ませながら俺の鼻先へと水タバコを向ける。
「お前は!お前であることを放棄するべきじゃなかった!」
先生はそう言って席を立ち、呆然としてる俺のことなど一瞥もしないまま後ろの扉から教室を出て行ってしまった。
俺は…アリスト。
この学園に通う学生のアリストだ。
それ以下でもそれ以上でもない…この学園を死ぬことなく卒業することが俺の目標であり、俺がなすべき事である。
不思議の国の悪役令息 猫崎ルナ @honohono07
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