03

「シロさんが意味深なこと言うから、もっとこう、非情な手段に出るつもりなんだと思っちゃったじゃないですか! 私めちゃくちゃ真面目な話したの、今すごい恥ずかしいんですけど!?」

『すみません。神谷さん真剣だから笑っちゃいけないと思ったんですけど、笑っちゃダメなシチュエーションって一番笑えるから、すみません』

「まだ笑ってる!」

 神谷には何かしら抗議すべきことがあるようだが、とにかく一番重要な仕事は済んだらしい。

 黒木はほっと一息つきつつ、顔色の悪いまりあを近くの椅子に座らせた。一仕事終えた「神様の胴体の方」が幸二の中に引っ込んだので、幸い彼女の様子も落ち着きつつあるようだ。

「じっと、してたら、大丈夫です」

「水とかいる?」

「だ、だいじょぶ」

 と言うので、黒木は言われたとおり放っておくことにした。何か困ったことがあれば、まりあはちゃんと声をかけてくれるだろう。

 手持無沙汰になったので、黒木は幸二に話しかけた。気になることが色々あるがとりあえず、

「幸二さんのご実家って、何を祀ってらっしゃるんですか?」

 というところから知りたかった。

 幸二は眉をひそめて、「それはその……ちょっと禍々しいやつですね……」と答えた。やっぱり知らない方がいいものかもしれない。そういえば――と、黒木はまりあが取り上げた黒髪のことを思い出した。

「もしかして、幸二さんが持ってた黒髪って」

「あ、それは頭の方からいただいたものです」

 とりあえず加賀美家が祀っている神様は、たぶん髪の長い女性で、頭の方と胴体の方とに分かれているらしい、ということがわかった。詳しい話は幸二もあまりしたくなさそうだ。それに、早くものんびり話している場合ではなくなってきた。

「あの~、これ、わざとじゃないんですよ……僕も止めてるんですが……」

 と言いながら、幸二の足がじりじりと神谷の方に近づいている。

「あの、神谷さんですよね? 申し遅れてすみません、僕は加賀美幸二といって、加賀美春英の次男で……あの、今ですね、神谷さんに関係ある方が僕にとり憑いてるので、足が勝手にそっちに行こうとするんですよ。すみませんほんと、初対面の女性に物理的に距離詰めるとか本当に失礼なんですけど、あの、ちょっとこれやばい、黒木さん止めてもらっていいですか!?」

 幸二の上体が、本人の意志を無視して神谷の方向に倒れかかろうと斜めになる。このままでは顔から硬い路上に激突してしまうと思った黒木は、慌てて後ろから幸二を抱きとめた。体格は黒木の方が勝っているが、尋常でなく強い抵抗を感じる。

「これやばいですって! 黒木さんテープ! テープで巻いてください!」

「ええ……と、とりあえず車、車乗ってください! 志朗さん、何まだ笑ってるんですか!」


 そういうわけで、黒木のミニバンには今、養生テープで全身をぐるぐる巻きにされた幸二が、穏やかな顔で三列目のシートに腰かけている。無理やり拉致されたようにしか見えないので、道中検問などありませんように――と黒木は内心祈っている。

 神谷は、回復したまりあと並んで二列目に座っている。「シロさんのお弟子さん、こんなに若いと思わなかったです」と素直に驚き、まりあは体調も落ち着いたらしく、普段通りふわふわ笑っている。さっき刺々しかったのは何だったのだろう。

 助手席には志朗が腰かけている。笑いの波が去った後は急に静かになり、今は助手席側の窓にもたれてぐったりしている。

「志朗さんの手、早く病院に行った方がいいですよ……」

「帰ってかかりつけ行くよ。説明が面倒じゃけ」

 掠れた小声でそう言うと、志朗はまたぱったりと口を閉じてしまった。

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