08

 声が出ないときにどうするか、シロさんが私に教えてくれなかったのはきっと、私にとり憑いているものに聞かせたくなかったからだ――

 と思う。思いたい。

 決して「そういうときにとれる手段がないから黙っていた」わけではない、と思いたい。


 おそらく盆や彼岸のときには檀家の車で埋まるのだろう。寺院の駐車場はやけに広く、ぽつんと停まっているタクシーはなんだか寂しそうに見えた。運転手さんがドアを開けながら、「ご用事終わりました?」と尋ねてきた。

「はい。すみません、待っていただいちゃって」

「いえいえ。流しているより効率がいいですから」

 と言いつつ、運転手さんの顔が少しひきつっているような気がする。思えばこの人も、結構気味が悪い思いをしてるんじゃないだろうか? いわくつき物件に行ってみたいと言い出したかと思えば、なんだかよくわからない怪我をして戻ってくるし……よく考えればなかなか気の毒だ。

 シロさんは後部座席に座るなり、スマートフォンを取り出して画面をタップし始めた。おそらく誰かとテキストチャットか何かで話しているのだろう。

 内容は気になるけれど、まさかのぞき込んだりするわけにはいかない。私に憑いているものが、得るべきではない情報を手に入れてしまうかもしれない。

 万が一にも目に入らないよう、私は窓の外に目を向けた。どこにでもあるような地方都市だ。その一角で約三十年前、何かしら怖ろしい事件が起こった――などということがまるっきり嘘みたいに思えてくるような、いっそ退屈なくらい平和な街並みが続いている。

「ルート、どうされます? こちらで決めてしまっても?」

 運転手さんが尋ねた。私が何か言う前に『おまかせします』とシロさんが答えた。例によって機械音声だ。運転手さんも驚いているようだったが、シロさんがまったく構わずに『ドライバーさん、運転お上手ですね』などと話しかけるものだから、その勢いで雑談が始まってしまった。

「――私たちの年代だと、タクシードライバーはほぼ完全に男の仕事って感じでしたねぇ。さっき行った英星の子なんか、女性のドライバーがいたことに驚いたりして。うふふ、あの頃はほんと、英星は保守派って感じでねぇ」

『英星の生徒さんって、箱入りみたいな感じだったんですか?』

「そうねぇ、今思えばちょっとズレてた子もいたかも……まぁ、時代のせいもありますよねぇ。私たちが現役の女子高生だった頃なんか、英星の子は基本高卒、高校出たら親や親戚の会社に入って適当にお茶くみやなんかして、そこでいい人と結婚して退職……みたいなケースもけっこう聞きましたよ。でも今はなかなか、そんなのはねぇ」

『なるほど~』

 私は眠くならないようになるべく会話に入ろうとしたが、疲れてきたせいだろうか、ふと気を抜くとまぶたが重くなってくる。なんとかして眠らないよう、二人の話になるべく相槌を打っていると、ふと私のスマートフォンが振動した。画面を見て、私は思わず固まった。

『宇佐美えりか』

 そう表示されている。

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