06
シロさんは冗談みたいな速さで白杖をつきながら歩き、私は急いでそれを追いかけた。タクシーにたどりつくと、車のドアが開くなり、シロさんは運転手さんに向かってスマートフォンを突き出した。
『すみませんが■■寺に行先を変えてください』
スマートフォンの読み上げ機能が、音声でそう告げる。明らかに面食らっている運転手さんに私からも「い、行先変更でお願いします」と伝えると、
「はぁ、■■寺ですか。ここから十五分か二十分くらいのところにある普通のお寺ですけど、よろしいですか?」
と、半ば首を傾げながら尋ねられた。
『そこでお願いします』
また自動音声が喋った。もしかしてまた誤字じゃないだろうな――と不安に思って画面をのぞき込むと、『そこで おねがいします』と平仮名がずらずら並んでいる。とりあえず目的地に間違いはなさそうだ。
再びタクシーに乗って移動する。運転手さんはシロさんの左手にも気づいたらしく、「大丈夫ですか? 病院に行きますか?」と心配そうに話しかけてくれたが、シロさんはニコニコしながら、自動音声で『あとでまとめて行くから大丈夫です』と答えた。
「本当に大丈夫ですか……?」
『大丈夫です。ですよね神谷さん』
急に私に話を振ってくる。正直私も病院に行くべきではないかと思うけれど、何しろ私の命がかかっていることだから、シロさんに従って「で、ですね。大丈夫です」などと答えるしかない。
旧校舎に来たときとは正反対に、会話は一切弾まず、車内には極細の糸をピンと張ったような緊張感が満ちていた。シロさんは黙っているし、私にも特に言うことがない。ただ気を張っていたせいなのか、眠くならずには済んだ。
タクシーがお寺に着くと、シロさんは『一か所行くだけなのですぐです。ちょっと待っててください』と自動音声で声をかけて、またさっさと車を降りてしまう。
お寺の裏手には、かなり大きな墓地があった。シロさんはその墓地に向かって歩いていく。私も行くべきだろうか――と迷っていると、シロさんがこちらを向いて急に、「神谷さんも」と呼ぶかのように手を振った。そこで後からくっついていくことになったのだけど、やっぱりシロさんは歩くのが速い。カンカンとカスタネットみたいに舌打ちを鳴らしながら、お墓が立ち並ぶ前をどんどん進んでいく。そのうち、あるお墓の前で立ち止まった。
「えーと、は、長下部……長下部さんっておうちの、お墓みたいですよ」
シロさんを追いかけているうちに息が上がってしまった。シロさんは私にむかってニッとほほ笑むと、『ちょっと失礼します』と誰にともなく断わり、「墓誌」と書かれた平たい石の前にしゃがんだ。まだ無傷な右手で石の表面を撫で、どうやら石に彫られた文字を触って読んでいるらしい。
また心臓がやけにどきどきしてきた。私に憑いているものは、この場所になにか縁があるのだろうか? そんなことを考えながら見守っていると、少ししてシロさんが立ち上がった。
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