04

 黒木は志朗の助手で、弟子ではない。

 よみごの仕事に関することであれば、自分よりもまりあの方が、基本的により適切な判断を下すことができると思っている。ただ客観的に見てあまりに危険だとか、無茶だと思えるのならば、そのときは止めようと決めている。

 で、今回はそういう「無茶」なケースにあたるのではないか――念のため、黒木は志朗にメッセージを送った。

『まりちゃんも来ると言ってますが、大丈夫ですか?』

 返事はすぐに来た。スタンプが一つきりである。筋骨隆々の猫が腕を組んで『ですよね』と言っている。少し待ってみたが、他には何もなかった。

(これはもう、まりちゃんの好きにさせろってことだな)

 黒木はそう解釈した。

「黒木さん、何かあったんですか? 早く行きましょう!」

 そういうわけで、一番気合が入っているのはまりあである。一緒に暮らす父親には、ぬかりなく「今日遅くなるかも」と連絡を入れたようだ。まりあの父も慣れたもので、こういうときはあえて止めたりしないらしい。

 幸二もやや不安そうな表情ながら持ち物をまとめて、「僕も準備オッケーです」と声をかけてきた。

「幸二さん、大丈夫ですか?」

「結構彼女のコントロールが効いてきた感じしますし、たぶん……いや、できる限り努力します。黒木さん、万が一の時は止めてください。憑いてるのが女性だから、もしもコントロールを奪われたら、女子トイレに入ろうとしたりするかもしれません」

 幸二の顔はあくまで真剣だ。もしかすると、かつて本当にそういうことがあったのかもしれない――

「わかりました。幸二さんがそういうことになったら、力ずくで止めます」 

「お願いします! あ、そうだ。今のうちにトイレお借りします!」

 決然、という感じの表情でトイレに向かう幸二を見送りつつ、黒木は彼に憑いているもののことを思い出した。駅前で死んで間もない、おそらく神谷と関係のある女性。

 黒木の頭の中に、首のない女の姿が浮かんだ。こちらに向かって「言うな」とでもいうような仕草をした。あれは本当はどんな意味だったのだろう。

(志朗さんに相談すべきだったんだろうか)

 とはいえ、あの女のことを口に出すのは怖い。何が起こるかわからない。志朗くらいにはなんとか伝えた方がいいような気もするが、それに関してメッセージを送ろうとすると、なぜか一向に言葉が出てこないのだった。

 この事務所に勤めていると、こういったことはたまにある。黒木は一旦諦めることにした。そして幸二がトイレから戻ってくるよりも先に、例の養生テープをいくつか、黙ったまま自分の持ち物の中に忍ばせた。


 三人が事務所を出たのは、神谷から電話があった十五分ほど後のことだった。エレベーターを降りると、エントランスで待ち構えていたかのように、二階堂が声をかけてきた。

「どっか行くんすか? 今日ずいぶんバタバタしてますね。シロさんも出かけてます?」

 志郎はこのマンション全体の手入れをしているから、管理人の二階堂としては志朗の動向が気になるのだ。黒木はあたりさわりのない範囲で質問に答え、三人はとうとうマンションの建物を出た。

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