03
いよいよまずいんじゃないか――黒木は考える。志朗が「もう帰って」と言ったというのは、いざというときまりあを守れる自信がない――ということではないのか。
まりあは不服だろうが、ここは大人として彼女を家に帰さなければ、と思う。ところがその思惑を読み取ったかのように、
「まさか黒木さんまで、わたしを家に帰らせるつもりじゃないですよね?」
とタイミングよくまりあが言ったので、思わずギョッとしてしまった。やっぱり弟子は師匠に倣うのか、こういうことが最近増えてきたな、と黒木は思う。
「いやいや大丈夫です。わたしだってその辺、ちゃんとわかってますよ?」
と、まりあはわざと大人ぶっているような、少し芝居がかった調子で続ける。「お師匠さんがこういう連絡くれるときって、けっこう危険なときなんですよね。弟子になってからもう二年も経つし、そのへんはわかってます。でも、じゃあ、いつそういう『危険な案件』に立ち会わせてもらえるんでしょうか?」
そこまで言うと、まりあはぴたりと口を閉じた。まるで黒木が答えるのを待っているかのような沈黙が、その場に流れた。
「えーと……それはその、もうちょっと経験を積んでからとかじゃないでしょうか……」
黒木は思わず敬語になりながら、ようやくそう答えた。幸二も、まだ半分がた養生テープに巻かれたままだが、「そこはお師匠さんの判断に任せた方がいいですよ!」と、説得するように口を挟んでくる。
「まりちゃんはまだ中学一年生だし、何かあったら……」
「そうですね。まだ中一だし、チビだし力もないですし、よみごとしてもまだまだ半人前以下です。でも帰りません。わたしも行きます」
まりあはきっぱりと言い切った。黒木が固まっていると、まりあは
「なぜなら『帰れ』とは言われていないからです」
と続けて、自身のスマートフォンを印籠のように掲げた。黒木はその画面を覗き込み、志朗からのメッセージを読んでみた。
「ね? 帰れとは言われてないですよね?」
まりあが畳みかけるように尋ねる。その雰囲気にのまれてしまったせいか、(言われてみればなるほど、確かにそうかもしれない……)などとうっかり思ってしまう。確かに、志朗からのダイレクトメッセージ本文には『もう帰ってオッケーです』と書かれているだけだ。「帰りなさい」などの文言は使われていない。
「大丈夫です黒木さん。お師匠さんはわざとやってるんですよ。本当にまずかったら、わたしにも『本当にやばいから今すぐ帰れ』みたいなこと、はっきり言うと思うんです。でも今回は『もう帰ってオッケーです』ですよ。これはきっと、わたしが決めていいってことだと思うんです」
だから行く、とまりあは言うのである。
まりあには悪いが、黒木はまだ心配だ。もっとも志朗が実際そのあたりのことをどう思っているのか、結局は黒木にも推し量るよりほかにない。だからまりあの方が正しい可能性もある……と思いつつ、
「でもまりちゃん、志朗さん今声が出ないみたいで――」
と言うと、
「あっ、それは結構まずいかも」
急に夢から覚めたような口調になって、まりあが言った。
とはいえ、帰宅する気はないようだった。
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