07
シロさんと相手とのやりとりは、なかなか終わらなかった。
「ちょっとかかりそうなんで、がんばって時間潰しててください」
そう言われて、仕方がないので最近あまり見ていなかったSNSを開くと、いつの間にか大学の後輩が入籍して、指輪の写真をアップしていたりする。幸せそうな写真を眺めていると、なんだか気が遠くなった。これが今、同じ世界で行われていることだなんて、なんだか嘘みたいに思えた。
「あの……シロさん、今状況どうなってます?」
そう言いながら少し立ち上がり、悪いけどシロさんのスマートフォンをこっそりのぞき込んでみる。残念ながら画面は真っ暗で、のぞき見は不可能だ。目の見えないシロさんに、画面の明るさなど無用の長物である。ワイヤレスイヤホンの音漏れもない。
シロさんはこちらにちらりと顔を向けたが、「ないしょです」と言ってヘラヘラ笑っただけだった。
「ないしょですか? 私、当事者なんで気になるんですが……」
「当事者だからですよ。やりとりの中に、神谷さんにくっついてるやつにも知られちゃうと困るかもしれないことがあるかもしれないかもなので、ないしょです」
「フンワリしてるなぁ……」
私は小さなスツールに座り直した。確かにシロさんの言う通りかもしれない、と思った。以前遭遇したものは、とり憑いた人間の知識を利用しているとしか思えない行動をとっていた。私に憑いているものだって、同じことができないとは限らない。
シロさんが、いつもみたいに「よんで」くれればいいのに……と、ふと考える。もちろん、それが難しいだろうことはわかっている。不用意によめば、どんなことが起きるかわからない。爪が剥がれるより、もっと酷いことがシロさんの身に起こるかもしれない。シロさんじゃなくて、私自身にペナルティが課される可能性だって否定できない。
だからシロさんはよまずに、こうして地味な聞き込みや調べもので情報を集めているのだ――と、思う。何しろちゃんと説明してもらったわけではないから、私の憶測の域を出ないのだ。
さっき開けたエナジードリンクの缶はもう空っぽだ。私は勝手にレジ袋を探って、ハードグミをつまみ出した。何か食べていた方が眠気がまぎれる。あとはもう一度、英星高校関係のことを検索してみようか――などと考えていると、突然何か冷たいものが首筋に触れた。
「ひゃっ」
思わず声を上げてしまった。急いで後ろを振り返ったけれど、私に触れられるような位置には誰もいない。思わずガタガタと立ち上がると、
「神谷さん?」
シロさんが声をかけてきた。さすがに私がバタバタうるさかったからだろう。
「また何か来ました?」
「き、来ました」
私は首筋を触りながら答えた。おかげで眠気は吹き飛んでいる。でも、首筋に残った感触が気持ち悪くて仕方がなかった。柔らかくて冷たくて、明らかに人間の手のひらの形をしていた。びっくりするほど小さな手だった。
「大丈夫ですよ。そいつ、神谷さんが起きてる間は結局、何にもできないので」
シロさんがなだめるようにそう言った。
大丈夫か。大丈夫かもしれない。さっきみたいにシロさんをむやみに嫌悪する気持ちはまだないし、私はまだちゃんと起きている。だから大丈夫だ。
必死に、自分にそう言い聞かせた。今私に見えているものだって、どうせ幻覚みたいなものに過ぎないはずだ。
テーブルの下に、制服姿の女の子が蹲っている。
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