33
『うちに来てほしいの』
休み時間、思い切って公衆電話に向かった。精いっぱい勇気を出して、木田ちゃんの家に電話をかけた。出なかったらどうしよう。心臓が喉の奥から飛び出しそうだったけれど、木田ちゃんはちゃんと電話に出てくれた。
『私の家に来てほしい。なっちゃん、どうかな』
電話線の向こうで、木田ちゃんはそんなことを言う。
「木田ちゃんの家?」
『そう。それでさ、その……一晩泊まってもらえないかな』
木田ちゃんは今、お母さんと二人きりで暮らしている。そのお母さんも仕事が忙しくて(総合病院の看護婦さんで、夜勤が多いらしい)、夜は一人になることが結構あるそうだ。
木田ちゃんが今どういう状態なのか、正直知るのが怖い。でも、放っておくこともできない。
はーこが死んだとき、木田ちゃんの様子はおかしかった。明らかに普段より元気がなくて、動きものろのろして、本当に調子が悪そうだった。それに木田ちゃんはわたしと違って、はーこが喉を切るところをしっかり見てしまったはずだ。なのに、そのことが思い出せないという。そんなの、絶対におかしいと思う。
それに、同じ家に家族がいるわたしだって、夜を一人で過ごすのは怖いのだ。はーこのことがあった後なら、なおさら怖い。ひとりぼっちで夜を明かさなければならない木田ちゃんのことを考えると、胸が痛んだ。
「わかった。行く」
そう返事をしてから、少し後悔した。でも、木田ちゃんを放っておくのが何より怖い気もした。何にせよ一度約束してしまったからには、ちゃんと行かなければならない。
『なっちゃん、ありがとう。本当に助かる』
木田ちゃんは嬉しそうにそう言うと、でもそれだけですごく疲れてしまったみたいに、電話の向こうで大きなため息を漏らした。
『――なっちゃんに見ててほしいんだ。私のこと』
その日一旦家に帰ったわたしは、着替えと荷造りを済ませると、自転車に乗って木田ちゃんの家に向かった。
友達の家に泊まることについて、わたしの親は特に反対しなかった。相手が木田ちゃんだからかもしれない。木田ちゃんは見るからにしっかり者の優等生って感じだし、大人受けがすごくいい。それに実際、しっかり者の優等生なのだ。木田ちゃんのお母さんから電話がかかってきて、わたしのお母さんにお礼を言ってくれたのも効いた。
木田ちゃんの家は以前から知っていた。二階建ての赤い屋根の一軒家で、以前二台停まっていた車は、今はもう一台だけだ。お父さんはもう出て行った後なんだな……と思った。両親が離婚するってどんなものか、わたしにはとても考えられない。
「なっちゃん」
玄関を開けた木田ちゃんは、たった数日で見るからにやつれて、顔色も悪かった。
わたしは後悔した。もっと早く木田ちゃんに連絡を入れたり、会いにきたりすればよかった。わたしは自分のことばかり考えていて、木田ちゃんがどれだけ弱っているのか、困っているのか、想像すらできていなかった。
「あの……木田ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。入って」
全然大丈夫そうじゃない顔と声で、そう言って、木田ちゃんはほんの少し笑った。
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