16

 その人は確かにあさみさんに似ていた。でも、すぐに違うとわかった。確かに背格好やぱっと見の雰囲気は似ているけど、あさみさんよりもずっと年上の女の人だ。わたしの隣で、はーこが「ほぉーっ」と大きなため息をついた。

「びっくりした……あさみさんだと思ったぁ」

 残念そうな声でそう言った。

 あれだけ似てるってことは、あさみさんのお母さんとか、とにかく親戚のひとだろう。何の用事なのかなと思いながら正門に向かって歩いていくと、その人の方から「ちょっといいかしら」とわたしたちに声をかけてきた。

「長日部麻沙子まさこといいます。長日部麻美の母です」

 やっぱり、と思った。思った通り、この女性はあさみさんのお母さんなのだ。

「あなたたち、合唱部の生徒さん?」

 はーこが緊張気味に「はい!」と答えた。どうして合唱部の生徒だとわかったのだろう? 一瞬不思議に思ったけれど、

「コンサートの集合写真に写ってたでしょう」

 と言われて、簡単な種明かしがあったとわかった。

「今三年生の子たちよねぇ。リボンの色でわかるわよ」

 そう言いながら、あさみさんのお母さんはわたしたちを、頭からつま先まで何往復も確認するように眺めた。すごく居心地が悪い感じがして、早く帰りたいと思った。

 意識したことはなかったけれど、わたしは心のどこかで「あさみさんのお母さんは、きっとあさみさんみたいに優しい人だろう」と思っていたらしい。そうでなければ今、こんなに嫌な気分にはなっていなかっただろう。

 あさみさんのお母さんは、話し方は柔らかいけれど、目つきはとても厳しかった。睨みつけるような目でわたしたちを眺める。ちらっと横を見ると、はーこも困ったような顔をしていた。

「あなた、部長さん? 副部長さん? なんだか違うかしら。でも部内で役職がついているでしょう。パートリーダーさんかしら。あなたもそう?」

 魔法のように言い当てられて、背中がひんやり寒くなった。お母さんは「あの子も?」と言いながらわたしたちの後ろを指さす。振り向くと、木田ちゃんがこっちに向かって小走りでやってくるところだった。

「そうですけど……」

 はーこがこわごわ答えた。嘘つけばよかったのに、とはーこを責めるような気持ちと、嘘ついたってどうせばれるに決まっているという諦めの気持ちが、一度に胸の中に生まれてぐるぐると渦を巻いた。

 何かはわからない、でも何か怖いことが起ころうとしている――と直感的に悟った。木田ちゃんがわたしたちに追いついた。木田ちゃんだけでも逃げたらよかったのに、と思った。何の根拠もないのに。

「麻美がね、死んだっていうのに、まだこの辺をうろうろしているのよ」

 お母さんが言った。ぎょっとするほど平べったい言い方だった。後ろで木田ちゃんが「えっ」と小声で驚いた。

「あなたたち、知ってるでしょう。死んだあの子が迷っているのは、あなたたちのせいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る