08
まきさんからはひとつ注意を受けた。
「あさみさんを呼ぶときは、部室でやるんだよ。鍵がかかるっていうのもあるけど、あさみさんは一人しかいないから」
つまり、あっちこっちで同時にあさみさんを呼び出すと、あさみさんが困ってしまうというわけだ。「部室に呼び出す」という決まりを守ってさえいれば、それは防ぐことができる。
「その決まりって、あさみさんが作ったんですか?」
はーこが尋ねた。まきさんは「うん」と答えた。
「そうしないと、もしもわたしじゃないものが来たら困るでしょって、あさみさんが言ったの」
午後から空の色がどんどん暗くなってきた。六時限目の終わり、とうとう雨が降り始めた。
「天気予報外れじゃん」
「傘持ってきてないんだけど」
帰りのホームルームが終わり、ざわついている放課後の教室で、私は窓際の席に座っている木田ちゃんが、思いつめたような表情で灰色の空を見つめているのに気づいた。
そういえば、木田ちゃんは「あさみさん」のことを疑っているように見えた。少なくともはーこよりは鵜呑みにしていないようだった。
「木田ちゃん、さっきのことだけど」
わたしが声をかけると、木田ちゃんはうなずいた。それからぱっとこっちを振り返った。顎の高さで切りそろえたさらさらの髪が、首からほんの少し遅れてふわっと動いた。
「なっちゃん、さっきのやつ信じた?」
わたしはどう答えたらいいのかわからなかった。あさみさんの幽霊がやってきて、雨が降ることを教えてくれ、おまけにまきさんにとり憑いて、生きてた頃みたいにおしゃべりしたなんて、正直信じられない。
でもそうじゃないとしたら、あれは全部まきさんの演技だったってことになる。それも信じられない。まきさんにそんなことができるだろうか? だってあの喋り方も、笑い方も、生きていたころのあさみさんと、そっくりそのまま同じだった――少なくともわたしには、そういう風に見えたのだ。
「……わかんないよね」
黙っているわたしの心の中を読んだみたいに、木田ちゃんがそう言った。
「私もなんか……何だろう、わかんない。幽霊があんな簡単に降りてきて、べらべらおしゃべりして――なんて、本当にあったことだと思う? ちょっと思えないよね。はーこはあんまり疑ってなさそうだったけど」
「だよね……」
木田ちゃんも疑っていたんだ、全部信じたわけじゃなかったんだ。そう思うと少しほっとした。
「でもウソとも言えないんだよね。なんかすごいリアリティがあったっていうか……実際雨は降ったわけだし、まきさんの変わり方もすごかった。だから何か、不思議なことがほんとに起こったんだって感じはするんだ」
「うん……」
「ねぇなっちゃん」
木田ちゃんが言った。「まきさんがああいう引き継ぎをしてくれたってことはさ、うちらが三年になって、部内のことで揉めたりしたら、ああやって、あさみさんに相談してもいいってことだよね」
「……たぶん」
「で、また次の代にも伝えてほしいってことだよね。まきさん的には」
「たぶん……」
わたしは正直に答えた。これ以上何と言ったらいいのか、まるでわからなかった。黙って考え込んでいると、木田ちゃんが突然、
「あれが本当にあさみさんかどうかはともかく、天気以外も当てられるのかなぁ」
と呟いた。
その横顔がすごく思いつめているように見えて、わたしは不安になった。
「木田ちゃん、どうかした?」
わたしが声をかけると、木田ちゃんははっと我に返り、すぐに首を横に振った。
「ううん、部活のことじゃないから」
そう言うとさっさと通学カバンをとり、「じゃあね」と言って教室を出て行ってしまった。
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