06
「あさみさ……冗談でしょ?」
木田ちゃんの顔は真っ青だ。「はーこ、何言ってんの? この人はまきさんだよ。ですよね、まきさんですよね?」
「体はまきちゃんだけど、わたしはわたしだよ。みんながあさみさんって呼んでたわたし」
まきさんはそう言って笑った。その笑顔の作り方も、わたしには完全にあのあさみさんに思えた。部活前のミーティングで、黒板の前に立ってにこにこしてた、あの。
はーこが思わず十円玉から指を離しそうになって、あわてて元に戻した。
「
まきさんは普段とは違う、おっとりとした、ちょっと古い口調で話し始める。
「ちなみにクラス――三年一組では委員長でした。ああいうの、みんなやりたがらないのよね。パートはメゾソプラノ。最初はソプラノだったけど、人数の関係で移動したの。誰か移動してくれない? って言われたから、じゃあ、って。ついやっちゃうのよねぇ、揉めるのが苦手で。でもみんなが喜ぶからいいかなって思ってしまうの」
あさみさんらしい話だ、とわたしは思う。彼女はずっと、そういう役回りを引き受けてくれる人だった。
わたしたちが固まっていることに気づくと、まきさんは「ああ、まぁびっくりするわよね」とあさみさんの口調で言って、あさみさんの表情で笑った。
「どうやったらわたしが本当に長日部麻美だってわかってもらえるかしら。難しいわねぇ。去年はまだやりやすかったけど、なつみちゃんやはーこちゃんや木田ちゃんと過ごしたのは、たったの一年もなかったのよね」
「あの、あさみさん……?」
はーこがおずおずという感じで話しかけた。「あさみさんなら、あたしの彼氏の名前、わかります? 相談したことありますよね」
「はーこちゃんの? 正文くんだよね。東高の子」
まきさんが、当たり前みたいな口調でそう言った。正文くん。わたしも聞いたことのない名前だった。
「でももう彼氏じゃないよね。別れたでしょ?」
「あはは……はい」
はーこはそう言いながら顔を伏せた。十円玉に載った指が震えている。その震えが、わたしの指にも伝わってくる。
「本物かも……ほんとにあさみさんかも」
はーこが呟いた。「だってあたし、まきさんには彼氏のことなんか相談してないもん」
「でもさぁ」と言った木田ちゃんの声が震えている。それを打ち消すように、はーこは話を続けた。
「実際したんだよ、相談。あいつ浮気してるから、別れようかどうか迷ってるって」
はーこが続ける。「あさみさんにだけ相談したんだ。あさみさんが言うことってすごく当たるんだもん。あさみさんなら、あたしが迷ってること全部に答え出してくれると思って」
「でもさ、まきさんがあさみさんからその話聞いたのかも」
木田ちゃんが言う。
「誰にも内緒って約束したのに? あさみさんが約束破ると思う?」
はーこが反論する。そのとき、あさみさんが「降るね」とだけ話した。
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