09
「構うとようないって――ええと、無視した方がいいってことですか?」
「ですね。まぁ、ほっといたらええですよ。あえて気にするとよくないんです」
シロさんはそう言いながら仏壇の前に座って、首をひねっている。
「うーん」
はっきりしない声で唸っている。私はそこでようやく、遺影のことを説明し損ねていることに気づいた。
「シロさん、鷹島さんの遺影が妙に若いんです。二十代半ばのはずなんですけど、中学生か高校生にしか見えない写真を飾ってて」
「へぇー……そうなんですね。何じゃろうなぁ」
そうやってぶつぶつ言っていたシロさんが、急にこっちを向いた。
「神谷さん、ちょっと廊下の方見てていただけます? で、誰か来たら教えてください。たぶん鷹島さんのお父さんですけど」
「わかりました」
「あ、こっち振り向かないでくださいね。神谷さんっていうか、神谷さんに憑いてるやつに伏せときたいものが出てくるかもなので」
「そこ、連動するんですか!?」
「とり憑いた人から情報引き出すやつもいるので……」
そう言えば、二年前にそういうのがいたっけ。
私が廊下の方に向き直る直前、シロさんがボディバッグに手をかけるのが見えた。巻物を出すのだろう。左手の指二本を怪我しているから開けにくいだろうけど――と心配になるけれど、今の私には役目がある。
お父さんは何をやっているのか、なかなか戻ってこなかった。シロさんは背後で何かゴソゴソやっていて、ものすごく気になるけど後ろを振り向けない。廊下の奥の方に視線を向けながら、じりじりする気持ちで人の気配を探した。
そのうち、ギシッと床板のきしむ音がかすかに、でも確かに聞こえた。それからまた少しすると、今度は廊下の奥の角から高島さんのお父さんが姿を現した。こちらに向かって歩いてくるようだ。
「お父さん来ましたっ」
小声で告げると、「どうも」という返事がして、その後にするすると巻物を巻き直すらしい音が続いた。振り返ると、シロさんはもうボディバッグのジッパーを閉めたところだ。怪我なんか全然気にしてないみたいに器用に閉め終えたところで、鷹島さんのお父さんが開いた引き戸の向こうから顔をのぞかせた。
「どうも失礼しまして……何かありました?」
ぎょっとしたけれど、よく考えたら戸が開いたままなのだ。不審に思われるのも当然だった。
「あの、どなたか外にいらしたかと思って」
と、とっさに口から出た。とっさに嘘をつくのは苦手だ。このまま押し切ってしまおう。
「ここの戸が叩かれたかなと思ったんですけど、聞き間違いだったみたいです」
そう言うと、鷹島さんのお父さんは「そうでしたか」と言って、にっこり笑った。なにか嬉しいことでもあったみたいないい笑顔で、この場合はものすごく場違いだ。「それはね、家内ですよ」
「お、奥様ですか?」
「ひさしぶりにお客様がいらしたから、気になって見に来たんでしょう。美冬のお友達だと紹介しておいたから」
そう言いながら、お父さんは柔和そうな顔にますますいい笑顔を浮かべる。
「でも、奥様は」
とっさに突っ込みそうになって、私は慌てて口をつぐんだ。さっき鷹島さんのお母さんは、早くに亡くなったと言っていなかっただろうか? 仏壇に遺影だって飾られている。
「家の中で亡くなったものですから、今でもその辺にいるらしいんですね。別に何をするわけじゃないんで、放っておいてあります。あいにく美冬はまだおりませんでね。家から離れたところで死んだからでしょうかねぇ」
お天気の話でもするような口調でそう言われてしまうと、なんと言ったらいいのかわからない。「そうですか」とバカみたいな相槌を打って、ふと自分の腕を触ると鳥肌が立っている。
「よその方が家内に会ったのはひさしぶりでねぇ。嬉しいですよ。私の妄想じゃないかって思っていたから。美冬もね――」
何か言いかけて、お父さんはぱったりと黙った。口角がすっと下がり、顔から表情が消えた。
「あの……」
「そうそう、もうお帰り願えますか。ろくにおもてなしもせずに申し訳ないのですが」
突然無表情になったお父さんに、そう言われてしまった。
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