08
引き戸が叩かれる音を聞いて、私はあの、夢の中で聞いたノックの音を思い出した。もしかして私はいつの間にかまた眠ってしまっていたんじゃないか……そう思った途端、全身が冷水を浴びたように冷たくなった。
(逃げなきゃ)
とっさにそう思った。私は立ち上がって戸を睨みつけた。
「神谷さん、これ夢じゃないですよ」
シロさんが言った。
「わっ、びっくりした……現実か。よかった……シロさん、なんでいちいち私の考えてること当てるんですか?」
「いやぁ、なんとなくそんなところかと」
「なんとなくですか……」
ともあれ、うろたえてしまったことが恥ずかしい。恥ずかしさを誤魔化すため、立ち上がってしまったついでに「お待たせしました」と声をかけて、引き戸を開けた。ノックしたのは鷹島さんのお父さんだろう、と思った。
開いた引き戸の向こうには、誰もいなかった。
頭のてっぺんからつま先まで、さっと血液が凍ったような心地がした。廊下を見渡しても、目につくところには誰もいない。
確かにノックの音がしたのに。
「あの、シロさ」
「誰もいないでしょ」
「そうです、あの」
慌ててシロさんの方に振り返ると、さっきまで彼がいたはずの場所には誰もいない。今度こそ悲鳴をあげそうになった。シロさんは消えたわけじゃなく、いつの間にか音もなくフローリングの上を移動して、仏壇のすぐ前に立膝をついている。
「ちょっと! 移動するなら言ってくださいよ……!」
「やだなぁ神谷さん、そんなびっくりします?」
「シロさん、足音とかしないんですもん……大体仏壇の位置とか、どうしてわかるんですか?」
あまりにも仏壇の前ドンピシャの位置だったからそう尋ねたのだが、シロさんは呆れたように、「ちょっと手探りしたらすぐ座布団じゃないですか。そしたら大体見当つきますよ」と答えた。シロさんの言い方があんまりあっさりしすぎていて、拍子抜けなほどだった。やっぱり私は動揺しているのだ。
「そ、そうですか……あの、シロさん? 廊下」
「どなたもいらっしゃらないでしょ。まぁ、いないことはないんですが」
「どういうことですか?」
「神谷さんには見えていないということです」
「ひっ」
そう言われて思わず後ずさった。
「神谷さん、この家に来てから、視線を感じたりしませんか? 誰かに見られてるような気分になりません?」
シロさんが言う。私はうなずき、こんなことしてもシロさんにはわからないと悟り、「はい」と声に出して答えた。
「あの……大丈夫なんでしょうか」
「相手は今のところ、こっち見てるだけですから」
「それで十分厭ですが……」
「あんまり構うと、ようないですよ」
シロさんは私を無視して仏壇を探り始めた。手探りで探し当てた鷹島さんの遺影に指先で触れ、ぱっと放してもう一つの写真に触れる。それにどんな意味があるのかわからないまま、私は少しの間それを見守っていた。
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