07

 線香の匂いを嗅ぐと、未だに姉と甥――晴香と翔馬のことを思い出す。特に幼い頃から一緒に育った姉を、あまりに急に、早すぎる時期に失ったことを。

 二年経った今でも、二人の死をどう扱っていいのかわからない。その年のうちはまだよかった。二人の敵を討たなければという気持ちが、私の気を紛らわせていた。一連のことに片がつき、日常に戻ってから、「色々あったけど、まだ自分の気持ちに整理がついたわけじゃない」ということに気づいた。きっと私はまだ、下手したら一生、あの別れを引きずるのだろう。

 今目の前にあるのはよその仏壇で、他人の遺影だ。それでもそこから、いろんなことを思い出してしまう。

 遺影を選びながら母と泣いたこと。いつも明るい親戚のおばさんが、別人みたいに暗い顔でお線香をあげに来たこと。晴香のママ友が子供を連れてきて、その子は友だちの死どころか死というもの自体がまるでピンと来ず、「しょうくんは?」と言いながら不思議そうにしていたこと。

 あの時期やってきた客の中に、たとえば二人の死をまったく悼んでいなかった人がいたら、どうだろう。たとえば好奇心を満たすためだけに、適当な嘘をついてやってきた人がいたとしたら?

 きっと私はそのことを許さないし、その人を好きになることは一生ないだろう。


「すみません、ちょっと失礼いたします」

 何か用事を思い出したのか、お父さんが部屋を出ていった。引き戸が閉まり、足音が遠ざかっていく。と、シロさんが口を開いた。

「神谷さん、もしかして今お姉さんや甥御さんのこと考えてらっしゃいます?」

 どきりとして、声も出なかった。シロさんは続けた。

「さっきから神谷さん、ボクのことたまにジロッと見とるでしょ。そういうのってわかりますよ。まぁ、ボクかて自分ちにお悔やみに来たお客さんが実は嘘つきで、ほんまは全然縁もゆかりもない人じゃってわかったら、ええ気持ちせんわ」

 どうして私が喋っていないことまで、こんなふうにわかってしまうのだろう。シロさんは。

「そう思っててええ加減なこと話しとるけぇ、自分でも嫌なやつじゃと思います。でも時間がないし、よんだら何でもわかるってものでもないです」

「……はい」

 ようやくそれだけ絞り出した。シロさんに対して逆恨みみたいな気持ちになっている、私の方がよっぽど嫌なやつだと思った。

「じゃけぇ神谷さん」とシロさんは続ける。

「今はあんまりボクに冷たくしないでくださいよ。鋭い人じゃったら、様子がおかしいって気づくかもしれないでしょ。もうちょっとお父さんと話して、せめて鷹島さんの出身大学くらいは聞いてから帰りたいじゃないですか。しんどかったら神谷さんは黙っててもいいので、『友達が亡くなって辛い』みたいな顔しててください」

「はい……すみません。私の問題なのに」

「いいんですよ。ボクの仕事なので」

 シロさんは平然としてそう言った。もしかしたら表情に出てないだけかもしれないけれど、私にはありがたかった。

「ところで神谷さん、何か変なことでもありました?」

 シロさんが突然話題を切り替える。私は遺影のことを話そうとした。そのとき、出入り口の引き戸がトントンと叩かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る