13

 髪が逆立つような感覚がして、頭の中が焼けたように白くなった。今のは悲鳴だろうか? 悲鳴のように聞こえた。とにかくまりあの声だ。

 何があったのか。

「すみません、後でお願いします!」

 黒木はとっさに電話を切った。つないだままではまずいと咄嗟に思った。

 応接室のドアを開け、廊下をほんの二歩、いつもより大股で通り抜け、リビングのドアを開ける。その過程がやけに遠く、自分の動きが怖ろしくゆっくりとしているように思えた。

 やっぱりまりあを一緒に連れてくればよかった。黒木は今更のようにそう思った。幸二の様子はずいぶん安定していたように見えた。でもそう感じたのはとんだ眼鏡違いで、実はものすごく危険な状況の中、まりあを一人にしてしまったのではなかったか。

 リビングのドアを開ける。まりあはダイニングテーブルの近くに、ちゃんと自分の足で立っていた。そのすぐ横に幸二がいて、「あれ?」と驚いたような顔をしている。

「まりちゃん!?」

「黒木さん」

 こちらを向いたまりあは、見たところ無事な様子だ。どこかを怪我した様子はない。でも、見たことがないくらい怒っていた。視力を失った目は大きく見開かれ、頬が真っ赤に染まっている。小さな唇をぎゅっと噛みしめ、両手に握りこぶしを作って、見るからに怒っている――滅多に感情的になる子ではないのに、と黒木は驚いた。それと同時に(この子はこういう顔をするんだな)と、どこか感心するような気持ちもあった。

「さっき、キャッて声が聞こえたけど、大丈夫? まりちゃんだよね?」

 黒木が畳みかけるように尋ねると、まりあは何度も瞬きをし、それから「大丈夫です」と言ってうなずいた。

「ご、ごめん。僕何かした……?」

 幸二が戸惑ったような声でまりあに尋ねる。

「ちがいます。幸二さんじゃなくて、幸二さんに乗っかってるやつのせいです。ちょっとびっくりしただけですし、別に何でも」

 そう答えるまりあの声にも、明らかな怒気が含まれている。

「……いや、何があったにせよ、コントロールとられた僕が悪いです。油断してた。何があったかわからないけど、本当にごめん」

 幸二がそう言って、まりあに頭を下げた。お辞儀をしても相手に見えないことはわかっているが、それでもついやってしまったのだろう。

 まりあはぎゅっと顔をしかめ、まだ何かしらに怒っている様に見えた。でも「いいんです」と短く答えて、また口をぎゅっと結ぶ。

 黒木がこの部屋を離れていた時間は決して長くない。その短い間に何があったのだろう? 幸二の方を見ると、彼も待っていたかのように黒木の方を向いた。

「すみません、こういうときって意識にムラがあって、何を言ったか全然覚えてないんです。立ち位置からして、僕からまりあさんに近づいたのは確かだと思うけど」

 肩身が狭そうにそう言うと、立ったまま居心地悪そうにうつむいてしまう。

「あの、幸二さんも大丈夫ですか?」

「あっいや、僕は全然! やぁー、ダメですね。やっぱ、スパルタ式でガンガン訓練やった方がいいのかもしんないです」

 声は明るいが、表情は硬い。黒木は幸二とまりあを見比べておろおろし、それからようやく(神谷に電話をかけ直さないと)ということを思い出した。

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