05
「話しかけてくる人間を無視する」ということが、黒木はあまり得意ではない。無視できないことはないけれど、相手に対して悪いことをしているような気がして、ぐずぐずと厭な気分を後々まで引きずってしまう。
相手が幽霊のたぐいでも、それはあまり変わらないらしいということが、今日、この場でわかりつつあった。
「ダメですよ、返事しちゃ」
まりあがぐいぐい腕をひっぱりながら言った。「黒木さん、話しかけられるとついつい、何か返事しなきゃダメかなって思うタイプでしょ。でも相手はオバケですからね!」
「わ、わかってるって……」
とはいえ、まりあの言うとおりだ。つい気になってしまう。
またぼそぼそと女の声がした。「……い」という最後のところだけはなんとなく聞き取れる。何と言っているのだろう? 寒い? 高い? 悲しい?
また袖をぐいぐい引っ張られた。
「黒木さん、相手の話聞いちゃってません? 聞くこと自体あんまりよくないですってば。ほっときましょ」
まりあはなかなか厳しいし、鋭い。
(とはいえ、ほっとくと言ってもなぁ……)
同じ室内で、ローテーブルひとつを挟んですぐそこにいる相手を、まったく無視することは難しい。まりあも「ほっときましょ」と主張はするものの、このお化けをどうするかということについては、黒木と同じくらい困っているようだ。
「こんなこと言ってたらダメですけど、お師匠さんがいたら解決しちゃうのになぁ……」
「俺もそう思う……」
「とにかくわたし、座っちゃいますね。なんだかつかれちゃった」
まりあは急に気を取り直してそう言い、応接室のソファに腰かけた。加賀美幸二のすぐ向かいだ。黒木はまりあが腰かけたソファの後ろに立つ。
(参ったなぁ)
口には出さないが、そう思っている。志朗に「幸二さんを見張ってて」と言われたものの、本当に見ていることくらいしかできない。
「ほんと申し訳ないです……」
女の啜り泣きの間を縫うようにして、加賀美幸二の声がそう言った。「慣れたらもうちょっとマシになるかと思うんで、すみません」
そう言うと、また少しして女の啜り泣きが始まる。まりあは「うんざり」という顔をしている。
「わたし、ちょっとよんでみようかな……」
ぼそっと呟いたので、黒木はぎょっとして彼女の方を見た。
「まりちゃん、それやっても大丈夫?」
「……すみません、やっぱまずいかも! うーん」
唸りながらスマートフォンを取り出す。合成音声が通知を読み上げるが、
「お師匠さん、何にも言ってこないですねぇ」
目当ての内容はなかったらしく、まりあはため息をついた。
「電話に出にくそうだからテキストメッセージ送ったんですけど、返事が来ないんですよね……どうしたんだろ。お師匠さん、いつも返信早いのに」
黒木も気になる。先程スケジュールに関するメッセージが来て以降、志朗からはまだ何の音沙汰もなかった。さっきからやけに誤字脱字が多いのも気がかりだ。そのとき、
「……こわい」
女の声で、そう聞こえた。
膝を抱えて顔を伏せていた幸二が、いつの間にかこちらを見ている。
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