04

「困りましたねぇ」

 まりあが呟く。そうだねぇ、と黒木も返す。本人を前に文句を垂れるのはいかがなものかと思いつつ、さすがにこれは言ってもいいだろうという気持ちが勝つ。

 言うまでもなく、幸二――というか、彼に憑いているらしき何者かのことである。

「さっきからずっとめそめそしてるんですよね……」

 まりあが不満そうに唇を尖らせる。「幽霊らしいといえばらしいのかなぁ。幸二さんが主導権にぎってくれたらいいんですけど」

 で、それができていたら、おそらくこの状況には陥っていない。できていないから「訓練」が必要なのだ。

「幸二さんのこと、とりあえず様子見しとこうとは思うんだけど……」

 黒木はそう言いながら、志朗から届いたテキストメッセージを確認した。とりあえず今日明日のスケジュールは後回しで、来客の予定はないから、幸二がここにいても構わないといえば構わない。黒木の業務については『悪いけどとりあえず工事さん見はって手』とまた誤字まじりの指示が届いている。ついでに『割込料金と時間外労働分、加賀美さんに払ってもら今す』とも送ってきた。

 今日と明日は下手をすれば泊まり込みで幸二の監視、明後日からは急なリスケジュールを消化するために分刻みで移動――と考えると、少々気が重い。

「念のために聞くけど、まりちゃんって今幸二さんに憑いてるやつ、とれたりする?」

「くやしいけどしません。わたし、まだ全然『動くな』できないので」

 まりあはそう言いながら頬を膨らませている。「ま、できてもよっぽどのことがなければやらないと思います。お師匠さんから、幸二さんに憑いてるものにはさわっちゃダメって言われてるので」

「そうか、手を出しちゃったら訓練にならないよね」

「それです。だいたい、お師匠さんもけっこうスパルタ教育受けてきたみたいだし……むかし幸二さんみたいによくとり憑かれてた時期があって、そのときはお師匠さんのお師匠さんが、わざと『こういうの』を持ち帰ってきたんだって」

 師匠自らくっつけてきたらしい。もはやスパルタ式教育というより、いやがらせのような気配すら感じる――と同時に、黒木は多少の驚きも覚えていた。

 志朗は基本的に過去の話をしない。いつ彼の両目が光を失ったのか、志朗の「お師匠さん」はどんな人物だったのか、よみごはどんな修行をするのか。そういった話はほとんどしないし、黒木もあえて聞かない。だから今まりあが教えてくれた情報は、黒木にとっては初耳だ。やはり自分とまりあの間には、歴然とした立場の差があるということを実感する。「いずれよみごになる予定の者」と、「そうではない者」との差だ。

「――そういえば黒木さん」

 考え事をしていると、突然まりあがポンと手を叩いた。

「なに?」

「黒木さん、幸二さんについてるお化けとしゃべったりしてませんよね?」

「ああ、うん。してないよ。まりちゃんがするなって言ってたよね」

「そうです。よかったぁ、黒木さん優しいから……」

「……い」

 女の声が聞こえた。

 まりあの口がぴたりと止まった。黒木は思わず幸二へと視線を移す。

 幸二は――というか、「幸二に乗っかっているという何者か」は、ソファの上で体育座りをしたまま、ぐずぐずと泣いている。どうやらその合間に、なにかを伝えようとしているらしかった。

「……返事、ダメですよ」

 まりあがそうささやいて、黒木の腕をひっぱった。

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