5月3日(火)「お待たせいたしました」

〈5月3日・本日のピックアップニュース〉

『・GW前半、人気の旅行先はどこ? 徹底調査!』

『・連休に浮かれる若者たちの暴走。コンビニ前で馬鹿騒ぎの男女六名を逮捕』

『・休む人々の裏で起きた悲劇……飲食店店長自殺。数年前からノイローゼ気味だったとのうわさも』

『・後半戦に向けて、GWのオススメの過ごし方大公開!!』


 スマホの画面には連休に関する様々なニュースが表示されている。

 いいものもあれば悪い話もあって、どんな時期でもこういう話は絶えないんだろうなと思っていた僕は、背中に柔らかい何かが当たる感触に続いて耳元で聞こえた声にびくりと反応してしまった。


「何を見ているの?」


「うわっ!? お、脅かさないでよ、八坂さん……!」


「ふふっ、ごめんなさい。少しからかってみたくなっちゃって」


 そう言いながら、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべる八坂さんの前でため息を吐いた僕は、続いて彼女を見やった。

 僕からの視線を受け、微笑みを浮かべている八坂さんが首を傾げながら口を開く。


「どうかした? 気になることでもある?」


「あ、いや……なんか少し、雰囲気が違うような気がして……」


「あら、すごいわね。実は少しだけ髪を切ったのよ」


「あ、そうなんだ。そのおかげかな? 雰囲気が違って見えたのは」


「……変わってるわよね、朝倉くんって。普段は鈍いのに、大事なところだけは鋭い……そういうの、いいと思うわ」


「それ、褒められてるって解釈でいいのかな?」


「ええ、褒めてるわよ。何も言われなかったら、こっそりスリーアウトにするところだったもの」


「ええっ!? それ、まだ生きてたの!?」


「妙に鋭い性格で良かったわね。じゃなきゃ、私に呪われてたかもしれないわよ?」


 アルバイト中に聞いたあれは、ごまかしで話した内容じゃあなかったのかと……六郎丸先輩と話した胸とお尻の件でのツーアウト設定を引き摺られていたことに驚きを露にする僕に向け、八坂さんが楽しそうに言う。

 こんなにはしゃぐ人だったかなと思いながら、まさかこれも笑っているように見せかけて本心では怒っているのでは……? とちょっと不安になっている間に、僕たちは本日の目的地に辿り着いた。


「いらっしゃ~せ~! ……って、朝倉ちゃんに八坂ちゃんじゃん! えっ! まさかまた助っ人!?」


「お疲れ様です、六郎丸先輩。残念ながら、今日は普通に遊びに来ただけですよ」


「朝倉くんからデートに誘われたので、その誘いに乗った感じです」


「おお~っ! いいねえ! でも、遊びに行くんだったらこんなファミレスじゃなくて、もっといいところに行った方が良かったんじゃない?」


「こんなファミレスで悪かったね~。店長の前で随分と面白いことを言うじゃないか、六郎丸くん」


「げえっ!? 店長!?」


 店に入るや否や、六郎丸先輩と細川さんが明るい雰囲気で迎え入れてくれた。

 失言を店の責任者である細川さんに聞かれて飛び上がった六郎丸先輩がキッチンへと消えていく中、細川さんが僕たちを案内する。


「好きな席に座ってくれ。すぐにお冷を持っていくよ」


「ありがとうございます。それじゃあ――」


 そう言って、僕たちは店の隅にある席……あの40番席へと向かった。

 席に着いてすぐにお冷を持ってきてくれた細川さんが、小さな声で言う。


「この席の問題、解決したよ。もう大丈夫だって、本社の人たちも言ってた」


「そうですか……それは良かった」


 安堵した表情でそう言う細川さんへ、笑みを返しながら僕が応える。

 彼が去った後でタッチパネルで注文をして、会話を楽しみながら料理が届くのを僕たちが待っていると、隣の席に家族連れがやって来た。


昌弘まさひろ、待ちなさい! お店の中なんだからはしゃいじゃダメでしょ!」


「は~い! ごめんなさ~い!」


 きゃっきゃとはしゃぐ子供とその両親、そして祖父母。

 楽し気な雰囲気と子供の声にそちらへと視線を向けた僕は、子供の隣に座る女性の姿を見て、はっと息を飲んだ。


「八坂さん、あの人って……!?」


「ええ……とんでもない偶然ね」


 穏やかな表情を浮かべて孫を見つめるその女性は、昨日僕たちがこの40番席で対面したあの生霊そっくりだ。

 つまり彼女はこの席に憑りついていた呪いの本体で、僕たちは奇跡的な確率で彼女と遭遇したということになる。


「またみんなでこうして食事に来れて嬉しいよ。本当に嬉しい」


「そうよね。母さんったら、あの事件以来、外食がトラウマになってたから……」


「お義母さんから誘ってくださって僕も嬉しかったですよ。気持ちの整理ができたんですか?」


「そうね……なんでかわからないけど、昨日、急に心がふわっと軽くなったの。それと同時に思った。過去にちゃんと区切りをつけて、前を向かないとだめだなって……いつまでも私が沈んだままじゃ、マーちゃんも悲しいままでしょう? そんなの、絶対に良くないわ」


 聞こえてくる会話を耳にした僕は、少しだけ口元を緩めてしまっていた。

 八坂さんはそんな僕のことをどこか微笑ましい眼差しで見つめていて……そんな時に、僕たちの席に料理を乗せた配膳ロボットがやって来る。


 呪いが消えたから、もうロボットを使っても大丈夫になったんだなと考えている僕の耳に、元気な子供の声が響いた。


「おばあちゃん、見て! ハンバーグ、美味しそうだよ!!」


「昌弘! お店の中ではしゃいじゃダメって言ってるでしょう!?」


「すいません! ご迷惑でしたよね……?」


 我が子を叱る母親と、低姿勢で僕たちへと謝罪してくる父親。

 祖父と祖母に挟まれてしょんぼりとしている昌弘くんの姿を見た僕は、彼らに向かって笑顔で応える。


「いいえ、大丈夫ですよ。子供は元気が一番ですから」


「そんなに気にしないでください。私たちは、迷惑だなんて思いませんよ」


 僕と八坂さんの言葉に、その家族連れが驚いた表情を浮かべた。

 皆が予想していなかった言葉に言葉を失う中、最初に硬直から回復したお婆さんが口を開く。


「……ありがとうね。なんだかすごく、あなたたちにそう言いたい気分なの。本当にありがとうね……!」


 大袈裟に考えなくていいですよと応えながら、軽く手を挙げる。

 僕も八坂さんも昌弘くんもお婆さんも、このレストランにいる人たち全員が笑顔を浮かべて幸せな時間を過ごす中……僕の気持ちを代弁するように、犬型の配膳ロボットの明るい声が響いた。


『お待たせいたしました! 今日も楽しい食事の時間をお過ごしくださいワン!』



―――――――――――――――

何かに気付いた鋭い方は次のお話へ

そうでない方も次のお話へ

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