第66話 上位者



「リンデル、準備は順調に進んでるかしら?」



 闇の奥から、髪も瞳も皮膚も色素が薄い小柄な女の子が姿を現した。



「上位者の貴方様が、ここ工場に顔を出すなんて珍しいですね。そんなに待ち切れませんか?」


「私の質問への返答が先」



 少女に見据えられたリンデルが、即座に地面に膝を突き、謝罪するように頭を下げた。



「失礼いたしました。生産計画は順調な進捗率を見せております」


「そう、よかった。で、さっきのリンデルからの質問への返答。他の子たちも気にしてたから、私が気を利かせて聞きに来ただけ」



 少女の返答を聞けたことで安堵したリンデルは顔を上げた。



「細やかな配慮をされるのは、貴方様らしいですね」


「まあね。それと、例の子どう?」


「ルシェですか?」


「うん、そう」


「そちらも順調に力を見せ始めてますよ。さすが、女神が送り込んだ刺客だと思う実力です」


「そう。順調なのね」



 少女の視線がリンデルを憐れむものに変化した。



「リンデルは、不憫な子ね。本来の世界線なら、貴方が私たちを倒す役目を担うはずだったのに。父に売られ、世界を管理する女神には見捨てられ、滅びを求める私たちの使いぱしりをさせられてる」


「お気遣いなく。別の世界線のわたしはわたしではありませんし、父は父だと思っておりませんし、上位者様の先兵として人類を滅ぼす手伝いをできるのは無上の喜びです」



 少女の憐みの視線に晒されてもリンデルは目を背けることはなかった。



 彼はこの世界全てを憎んでおり、綺麗に消えて無くなることを望んでいるのだ。



 だから、目を背けることはしないのであった。



「案外、リンデルの存在がいろいろな者たちの思惑をぶち壊すかもね。それもまた面白そうだけど」


「貴方様のご期待に沿えるか分かりませんが、わたしはわたしのやるべきことを全力でやるだけのこと」


「その目、懐かしいね。何度もシミュレートした世界で、絶望的な状況でも目標を達成するべく、私たちに挑み続けてきた別のリンデルもそんな目をしてた」


「…………」


「ごめん、ごめん。それは今のリンデルじゃないね。私たちは長く生きたし、シミュレート世界でも存在してるから、記憶がごっちゃなの。許してね。さて、戻ろうかしらね。生産の方はよろしくね。リソースは惜しまず全部使い切っていいよ」



「承知しております。何も残しませんよ」


「うん、頼むね」



 少女はそれだけ言うと、闇の奥に戻っていった。リンデルは闇の奥をしばらく見つめていたが、そのうち元の席に戻り、自分の作業を再開した。

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