さよなら

 ああ、本当にもう終わりなんだな。


 きっと俺は恋を殴り殺してしまった。

 あのクソ親父──双葉 琉輝りゅうきと同じになってしまった。


「ちょっと中に入らせろよ」


 そう言って琉は遠慮無く中に入って行った。


「まだ生きてるみてぇだな。ただ気絶してやがる。チッ、弱っちい類の殴りでこんなんじゃ、オレの彼女にはなれねぇわ」


 なんだその言い方。

 仮にもセフレなんだろ?

 あれをクソ親父と言いながら、自分がクソ親父化してるじゃないか。


「はははっ、でも、類が自殺してくれりゃ彼女にしてやんよ」

「あ……え……りゅ、琉……? な、んで、こ、こに……あた、し、を、助けに、来てくれたの……?」


 喜を含んだ声で恋が聞く。


 その伸ばした両腕で、昨日琉とセックスしたんだな。

 ああ、もう終わりだ。


 愛していた相手が、よりにもよって大嫌いな奴に愛情の篭った瞳を向けてやがる。


 ふっ、はっ!


 所詮俺は踏み台、使い魔、召使い!


 都合のいい男、ミツグ君、弱者男性……!


 俺なんて所詮はそんな存在なんだ!


「分かった、自殺してくるよ。それで恋が好きな人と結ばれるのなら」


 最期に言いたいのは……。


「恋、愛してるよ」


 そう言って俺はマンションを後にした。


 さて、どこへ行こうか。

 所持金は四万円。これじゃあ、田舎のショッピングセンターの地下公衆便所でしか首吊れねえわ。


 所詮俺は双葉 琉輝の子供だった。

 それだけでしかない。

 それだけの存在。


 劣等種が。


 産業廃棄物が。


 この野郎。


 なんで二十年間も生きて来れたんだよ。


 恥ずかしくないのか?


 このイカタコ野郎がよ。


 とっととくたばれや。


 ああもうダメだ。

 俺の中のアイツが騒いでる。


 俺は決めたんだ。

 母さんのような、松村 ルイのような穏やかな……あれ?


 つまり俺と恋は……いとこ?


 衝撃の事実に気付いてしまった。

 まさか、恋といとこ同士だなんて思わなかった。


 ルイには兄がいると言っていた。

 秀泰という優しくて立派な兄が居ると。


 俺が今まで死ねなかったのは、秀泰兄ちゃんが居たからなんだ。

 ああ、そっか。


 俺、死ななくてもいいのかもな。

 秀泰兄ちゃんなら助けてくれる。

 こんな俺でも受け入れてくれる。



 ──そう、思ってたねがってた


『秀ちゃんなら、もうとっくに亡くなってるわよ』


 そう、秀泰兄ちゃんの妻は言い放った。

 どうやら娘が底辺高校に行った事が原因で、ショックで首を吊ってしまったらしい。


 俺はもう終わりだ。


 誰も、俺の、味方を、して、くれない……。


「あがっ、うぅ……うぅ……あぁぁぁぁぁっ!」


 子供のように泣きじゃくる。

 もう誰も、誰も、おれをこうていしてくれない。


 おれはおわりだ。

 だれもだれもだれもだれもだれもだれもだれもだれもだれも、おれをこうていなんかしてくれない。


 ここがどこかも、もうわからない。

 うみがみえる。

 あのうみにいきたいな。


 ──ッ!?


 俺、双葉 類は双葉 琉輝と双葉 ルイの間に産まれた第一子・長男だった。

 けど、双葉 琉も一緒に生まれてきてしまった。

 でも、痛み分けが出来たからこれで良かったと思う。

 楽しい思い出は、家族四人で、東京のショッピングモールのゲームコーナーで遊んだ事だけ。

 あとはアパートに幽閉されて暴力を振るわれる日々。

 ルイは何もしなかった。

 自分が殴られるのが怖くて、子供を見殺しにして、挙句の果てには離婚届を書いて離婚した。

 二人目の妻は水商売の女、林原 悠。

 三人目の妻はパチンコ依存症の麻芽瀬 結まがせ ゆい

 四人目の妻はキャバクラ嬢の柊 真子ひいらぎ まこ

 五人目の妻はお嬢様の速燈院 遥そくとういん はるか

 六人目の妻は借金苦の花崎 愛はなさき あい

 七人目の妻は黒ギャル女子高生の木ノ下 珠きのした たま

 八人目の妻は大阪人の箱山 透はこやま とおる

 九人目の妻は白ギャルの茶越 願ちゃこし ねがい

 最後の妻は斎藤 凛さいとう りん


 ルイが五年続いて、ルイは、母さんは父さんのいないところでは本当に優しかったから。

 母さんが父に殴られたらしき跡が体に残ってたのを鮮明に覚えてる。

 ああこの人は、俺達を守ってくれてたんだって。


 今更だな。

 二人目から十人目は一年でコロコロ変わったから、名前は覚えていたとしても顔は覚えていない。

 正直言ってルイは、俺に似た醜女だった。

 しかも、貧相な体で肋が浮いていた。


 その優しさが、俺を包んで──。


 ここは、森……?


 俺はただ、海に行きたかっただけなのに。

 あんな綺麗な海、見たことが無かった。

 だから見たかった。

 けどそれすらも叶わなかった。

 どうしようもなく叫ぶも、どうしようもなく叫べなくなっていた。

 もうダメだ。

 行き場を失った。

 というか、最初から無かったのか。


「なぁんにもなぁいなんでぇ……おればぁ、なんっ……どだべに、うまれで、ぎだんだよほぉ……」


 叫んだって誰も来ない。

 助けも来ない。

 当たり前だ。

 俺に助けなんか来たら、俺はここには居ないからな。


 死ねっ、俺なんか死んでしまえ!


 嘘だっ! 死んで欲しいのは琉輝と琉だよっ!


 二人とも死ねば、俺は松村家の人間として、楽しく過ごせたのに!


 俺は馬鹿だから、何も出来ないから、助けを求められなかった!


 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿


 阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆

 阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆

 阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆

 阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆

 阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆


 早く死ねっ、早く死ねっ、早く死ねっ!


 いだい、いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだっ……っ!

 痛すぎる……!


「かっ……ハッ……!」


 意識が朦朧とする。

 最期まで、最期まで足掻いてやる。

 あの海に、行きたい……!


 なら動け、双葉 類……!!


 俺は這って動き出した。

 突き刺さった太い枝と、大量の出血は痛いが、海はすぐそこにある。

 あの海で遊ぶんだ。

 あのうみであそぶんだ。

 あのうみであそぶんだ。

 あのうみであそぶんだ。

 あ の う み で あ そ ぶ ん だ 。


 あの海に行けば何もかもチャラになる……!

 進め、進め俺ッ……!

 なんでこんなに無力なんだ!

 俺だからか!

 俺が双葉 類だからか!!


 いいや違うね。

 俺が無力なのは俺が無力だと思い込んでるからだ。

 行け! 双葉 類! 頑張れ双葉 類!


 自分しか自分を愛してくれる人は居ないんだよッ!!


 そうだ、俺は双葉 類だ!!

 他の誰でもない、双葉 類だッ!!!!!


 走れ、疾れ、奔れ、はしれ、ハシレッ!!!!!

 早く走って、海まで行くんだ双葉 類ッ!!!!!


 その先に、死があるッ!!


 限界を越えろ双葉 類!!!!!


 もうすぐだ! もうすぐで海に行ける!!!!!


 ヤバい……意識がホワイトアウトしていく……。


 青だ……あれは青だ……。


 難産だった。

 産まれた。

 二○○四年五月十二日。

 未熟児だった。

 でもそれは琉だって同じだった。

 虐待された。

 殴ったり、蹴られたり、殺されかけたり。

 パシられたり、理不尽な事を言われたり、根性焼きをされたり。

 ルイは見てるだけ。悲しい笑みを浮かべながら、ただ見てるだけ。


 あ、青い海だ……!

 青い海が、俺、を、よ、ん、で、る……くッ……!


 とど、かないっ……!


 あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し

 あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し

 あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し

 あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し

 あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあっ……。


 海に、逝けた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺するまでの物語 夜幻 伊月 @Mystery_Note28

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ