うちとねこ
2024年1月26日。
狼少女はなるべく警戒するようにゆっくりホテルの階段を降りていく。
近頃はこの廃ホテルに近付くものもいなくなってしまったのか、ホテルの外に出て、その敷地内を歩いていても見つかるのは腐ったゴミとホテルの残骸。
冬というのは非常に餌に苦心させられる季節だと実感する。
狼少女が周りを見回しても、ゴミ以外なにも見つかることはない。
「……うーん」
狼少女は困ったような声を出してしまう。
ボロボロになった衣服では寒さを凌ぐ事はできない。
しかし懇願した身としては、どうしても何かしらの成果を得て帰りたいという気持ちもある。
どうしようか、そう悩んでいた時だった。
にゃぁ。
声。
狼少女は辺りを見渡す。
それは獣の声……餌となりうる者の声。
狼少女は辺りを必死に見渡していく。
ちりん、ちりん、にゃあ。
敷地内をゆっくりと歩く獣の姿。
それは……猫。真っ黒な色の、首輪のついた猫。
人間であれば、それは可愛らしいと愛玩の対象となる。
だが狼少女にとっては……餌。
「いたッ!」
狼少女は喜びの声を上げる。
真っ黒な猫はというと……枯葉混じりの地面にそっと腰を落とす。
そして、ふと毛繕いするように自分の前足をぺろぺろと舐め始めた。
「いたー……けど……」
狼少女はなんだか拍子抜けしたような気分になった。
狩りの時は互いに命を掛け合うような状況になるのではないかと勝手に思っていたのに、猫は狼少女など何のその、ただ自分の前足を舐めていた。
「あのー……あのー……」
狼少女はゆっくりと近付く。
獲物に逃げられないように、ゆっくり、ゆっくり。
自分の小さい爪を構えながら、ゆっくり、ゆっくり。
猫は……ようやく立ち上がった。
そして逃げる……と思いきや、猫は狼少女の元へと近付く。
「えぇ……?」
狼少女は困惑した。
自分はこの猫を餌にしようとしているのに、猫にはその気持ちが全く伝わっていないのだ。自分が餌にされると、微塵も思っていないのだ。
一体どうしてなのだろうか?
猫は金色の瞳でこちらを見つめながら、未だにゆっくりと近付いてくる。
「えぇと……」
そしてゆっくりと、猫は狼少女の足元に忍び寄る。
にゃあ。
猫は
ぼろぼろの衣服を纏った狼少女に。
「いやいや……そんなことされてもなぁ……」
すっかり狼少女は困ってしまった。
さもありなん。見つかった餌が、これから自分の身に起きる顛末を想像もせずに狼少女に愛想を振り撒いているのだ。
狼少女にとって、これがどれほど混乱することか。
「今からおまえは、うちの餌になるのにさ」
狼少女は擦り寄る猫の腹部を抱えながら持ち上げる。
にゃあ……。
猫は弱々しく鳴いた。
はて。どうして急にか細い鳴き声を出すのだろうか?
狼少女が首を傾げながら、茶色の瞳で猫を見つめる。
と、自分の爪がほんの少し猫に食い込んでいることに気付いてしまった。
「あ……ごめんね」
それは傷をつけるほどではない、ただめり込んでいるだけの爪。
しかしその鳴き声を聞いてしまうと、狼少女は思わず猫に対して謝ってしまう。
「…………うーん」
そしてまた、狼少女は困り果てる。
にゃあ。
再び、猫の鳴き声。
その声のなんと愛くるしく鳴くことか。
まるで媚びるような鳴き声が狼少女を迷わせる。
そうして狼少女は茶色の瞳で、猫の金色の瞳を見つめる。
その愛くるしいながら、自らが生きることを訴えかける。
「…………」
狼少女は黙り込み、俯く。
ぐぅ。
聞こえる自分の腹の虫。
どうやら自分の体は正直のようだ。
目の前に餌がいる。
にゃあ。
しかし自分の心は餌とは認められない。
どうしても自分を敵だと思わずに寄ってきたこの猫を餌とも思えない。
同時に思う。
こんな境遇にいる自分は、誰にも寄り付かれることがなかった。
同種族の狼人間たちさえ。
寄り添ってくれるのは……父のみ。
父だったら……この場合どうしただろう。
にゃあ。
狼少女は、再び猫の金色の瞳を見つめ……そして抱き寄せた。
「……食べちゃ、駄目だよね」
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