食事


 2024年1月30日。


 イブたちが工場にいる間。

 倉庫の近くには雑木林が存在する。寒い冬ということもあり、地面は茶色い枯葉が敷き詰められていた。

 そこに1匹の黒い蜘蛛がそそくさと茶色い地面を逃げていく。


 それは人間が知る蜘蛛よりも若干大きな蜘蛛であった。

 タランチュラだとか、そんな蜘蛛に似ているが、無論タランチュラではない。

 それは蜘蛛人間だった蜘蛛。

 イブに体を破壊され、日中にも関わらず必死で逃げる蜘蛛。


 本来の姿になってしまった蜘蛛は八本の脚で素早く移動していた。

 幸いなことにこの蜘蛛を捕食しようとするものは見当たらない。

 空には多種多様な鳥がいるものの、誰も彼もがこの蜘蛛を避けていた。

 もしかすると、本能でわかるのかもしれない。

 この蜘蛛の恐ろしさに。


 だから蜘蛛は誰にも捕まることはない、そう思っていた。


 みちみち、みちみち。枯葉が踏み躙られる音


 ふと蜘蛛は気付いた。


 目の前に誰かがいる。

 通常の蜘蛛の視界はぼやけたものではっきりとは見えないのだが、この蜘蛛は違う。景色をはっきりと認識できる。


 ……不幸なことに。


 目の前にがいた。


 蜘蛛はすぐに立ち止まった。

 まずい。この状況はまずい。

 蜘蛛は八本の脚を奇妙に使い、後ろを向うとした。


 すると……突然、自分の体が浮くような奇妙な感覚になった。


 そして聞こえる、声。

 今の姿の蜘蛛ではその声を聞き取ることは出来ないはずなのに、まるで頭に響くように感じる、声。


 そしてそれは歌だった。

 しかし蜘蛛はその歌を知ることはない。

 10人のインディアンという……誰もいなくなってしまう破滅の歌。


 その声と共に蜘蛛はふと痛みに苛まれた。

 まるで……体の一部が無くなるような感覚。

 女の唇に触れられ、その歯でギリギリと噛み締められるような感覚。

 蜘蛛が逃げ出そうとしても、鷲掴みしてくる腕の力、そして一本一本脚部が無くなる感覚に陥り、逃げ出すことは出来ない。

 

 やがて、蜘蛛の意識は完全に無くなることになる。


 最後の感覚は……やはり歯ですり潰される感覚だった。


 一方の金髪の女はというと……蜘蛛の命を踏み躙るようにこう言った。


「不味い」と。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る