第74話 深淵を覗く目

 朝。

 宿に戻り、休息を取った私はガラテアに軽く事情を説明して貧民街に戻ってきた。

 宿で包んでもらった朝食――ハムサンドを歩きながら食べ、街を闊歩する。


(条件付けの呪咀魔法。種類自体はあるが、特性自体は変わらない)


 呪咀魔法の難易度は効果に比例する。

 簡単な呪いなら魔力の消費だけで事足りるが、効果の強いものや複雑なものになると魔力の消費に加えて道具や場所、時間、星の運行、代償を設定する必要がある。

 ノスフェラトゥの少女に行った条件付けで発動する死の呪い――【口災自傷】と呼ぶべき呪いは【睡眠】や【魅了】とは違う、複雑な呪いに該当する。


(ノスフェラトゥは『穢れ纏い』は無いが、『穢れ』自体は濃い。呪う難易度は高い以上、それなりの時間と資源を用いる必要がある。そうなってくると、工房の場所も自ずと限られてくる)


 呪いを形作るための薬品。


 薬品を作成するための資源。


 資源を調達するための搬入ルート。


 事を荒立てず、なおかつ怪しまれない。イレギュラーが発生しないよう、徹底をしておく必要がある以上、工房の場所も何かしらで偽装する必要がある。


(孤児院、薬屋、後は……冒険者ギルド。容疑者は山のようにいる。が、見つけ出すだけならどうとでもなる)


 己の工房を開け、中に入る。

 がらんどうの空間、その中央に描かれた渦巻きの魔法陣。その中心に影から死体を取り出した。

 死体はノスフェラトゥを追いかけやってきた男たち。私が殺した者たちを床に並べ、影の中から書籍を取り出した。


(『死活軍論』、とある人族の帝国が編み出した、死体を軍事転用させる技術を記載した書籍。正気とは思えんな)


 死霊操作系の呪咀魔法は原則人族社会で禁じられている。

 それは死者の尊厳を守るためであると同時に、余りにも武力として有益が過ぎるがためだ。


 死体を操り兵隊にするも良し。


 死体の脳から情報を抜き取るも良し。


 死体の内側に爆弾を仕込んで特攻させるも良し。


 人的資源を無駄なく使う――その一点において、死霊操作系の呪咀魔法は最適解を出してしまった。

 故に、この崩壊と再生を繰り返す世界の中で覇を唱えた帝国はこの狂気の魔法体系を国家が研究した。

『死活軍論』は軍部で研究された死霊操作系の呪咀魔法を民間レベルにダウンサイジングされたものだ。


(軍事から民間に技術が降りることは多々あること。だが、こんな狂った物を民間に流すのは大概狂っている。……もっとも、それを使う私も狂っているがな)


『死活軍論』の頁に指を置く。

 パラパラと頁を捲り、一つの呪いで手を止めた。


「【アビスアイ】。死者の記憶を盗み見る魔法。使い勝手という意味ではこれが一番わかり易い」


 手のひらに影の刀身を生みだし、男の一人の首を断つ。

 血飛沫は舞うことなく地面に流れ落ち、断たれた首を持ち上げ、濁りきった眼を見つめた。


「【這い寄り、犯し、呑み込み溶かせ】」


 そして、歌を口ずさんだ。

 両眼に魔力が流れ込み、男の眼に蛇の文様が浮かび上がる。


【アビスアイ】は両目を合わせるという条件さえ整えば使う分には容易い。


「ッ……!!」


 脳に焼けるような痛みが走る。

 血液が熱を持ち脳を焼き、神経が熱を生みだし脳を焼く。


【アビスアイ】の原理はまず対象の脳に魔力を流すことから始まる。

 脳の細胞に魔力を流し込むことで一時的に細胞を蘇生させ、魔力に対象の記憶を写し、眼球を利用して魔力を照射し記憶を流し読む。

 この流し読む工程で脳に負担が生じるよう魔法そのものが設計されており、熱が発生してしまう。


(欠陥を組み込んだ魔法、か。だがまぁ、痛いだけならどうとでもなる)


 殺し合いで痛みに行動を鈍らせれば隙になるだけだ。


「ンッ!?」


 男の記憶を流し読みしている中、記憶にノイズが走った。

 不鮮明な映像が脳の中に流れ込み、尻もちをつく。


(……何だこれは)


 貧民街の小さな神殿。

 質素な礼拝堂。

 台座より降りる地下。

 並ぶ牢屋と囚われた子供たち。

 赤鉄の鱗に覆われた蜥蜴人間。

 両目をバイザーで隠したエルフの少女。


 脳内に描かれた記憶は確かにそのようなものの実在を答えていた。


「が、少しは答えを得たな」


 人身売買に関わっていると目される人間は、確かに貧民街に存在していること。

 貧民街の中にある小さな神殿の地下に、囚われた子供がいること。

 最低限の事実であると目される情報をメモに取る。


「さて、次だ」


 立ち上がり、別の男の首を刎ねる。


 まだまだ男たちはいる。その全員から情報を抜き出せば、現実と幻を見分けること自体容易い。






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