第8話 精霊契約
さて、精霊とその契約とは何か?
その前に、転生予定の世界の名が判明した。
どうやら【千界】というらしい。
幾千もの【界】というものが集まってできた世界であり、先程光秀が自己紹介で『せん界管理2等補佐官』と言っていた、『せん界』とは【千界】のことであり、厳密に千の世界があるという訳ではなく、実際はそれだけたくさんあるという意味らしい。
その【界】についても大きさは様々で、大陸ほどの大きさのものもあるし、家一軒ほどの大きさしかない【界】もあるのだという。
ちなみに、自分が行く予定の場所は海に囲まれた一つの大きな陸地と幾つかの島に囲まれた【界】だということだ。
話を精霊に戻そう。
そもそも、転生する予定の世界における、精霊とは何かという話になる。
まず、精霊と聞いて真っ先に浮かべたのは、地水火風等といった属性を司るものであった。
まあ、そのあたりの考えは間違いないようであったが、この世界においては少し範囲が広いようだ。
属性の様な自然信仰的なものは当然それに含まれ、日本的な八百万の神のようなもの(これも自然信仰の傾向が強いが)から、妖精や妖怪といった人の生活に身近に関わってくるようなもの、果ては亜人種ようなものまで含まれているようであった。
人と精霊、その世界の区分けは単純だった。
いわゆる、【魂の契約】を互いに結べるかどうかで決まるそうだ。
【魂の契約】とは、人と精霊がその双方の願いを叶えるべくお互いの魂を結びつける。
それにより、人は特別な力を得て、精霊はその人に与えた力で精霊の持つ望みを叶えてもらう契約をする。
人同士や精霊同士では【魂の契約】は結べない。
その【魂の契約】が結ばれれば、契約当事者の一方が人であり、他方が精霊ということに確定する。
そして、精霊は人の魂に吸収され、魂の融合に近い状態になる。
融合と一言で片づけたが、精霊側が完全に取り込まれて二度と姿を顕現できなくなる場合もあれば、人が望めば顕現できる場合、果ては自由に顕現ができる場合もあり、ケースバイケースのようである。
ところで、亜人種も精霊側と先ほど述べたが、それは結構曖昧である。
例えば、エルフ(いるらしい)は、前世では妖精みたいな区分に属することが多かったが、人側である。
エルフは人とは【魂の契約】はできない。
できるのは精霊(もっとも、自然信仰的なものだけだが)としか契約できないらしい。
そして、【魂の契約】でエルフ側が取り込まれる前例はないとのことであった。
ただ、例外もあるらしい。
亜人種の中には、両属しているものもいるらしい。
つまりは、契約したら、魂を取り込む場合と取り込まれる場合のどちらもあり得る種族もいるそうだ。
どうやら、特別な種族であったり、人と精霊の交わった混血のような存在とか複雑な事情が絡む場合もあるそうで、今のところ直接関係があるということはなさそうなので、そのあたりのことは割愛する。
とりあえず、取り込んだ側が人、取り込まれた側が精霊という図式を把握しておけばいいいだろう。
では、何故精霊側は己の消滅のリスクを冒してまで【魂の契約】を結ぶのだろうか。
契約とは、そもそも対価の交換があってなされるものであろう。
つまりは、相手に己の存在全てを託してまで、求める何かがあるということになる。
それが、何なのか。
それも、ケースバイケースらしい…。
人がその能力の対価として納得できるような望みである場合も勿論ある。
だが、精霊によっては、独自の文化があり、人にはにわかには理解しがたい望みも数多くあるという。
では、契約によって人はどのような力を得るのか。
得られる力は、双方それぞれの資質や願いによっても変わってくる。
例えば、空を飛ぶ精霊と契約したとしても、人側に飛ぶことを望まない場合は空を飛ぶことができない。
そもそも、人側に飛ぶことを願わない段階で契約自体が成立しない。
仮に人側が飛ぶことを望んだとしても、10センチ程数秒浮ける能力を得ただけという結果に終わることもある。
あるいは、精霊の力が強かったり、人側の資質が大きかったりすると自由自在に大空を飛び回ることが可能になったりする場合もある。
人は力を与えてもらう代わりに精霊の願いを叶える。
では、それを違えたのならどうなるのだろうか。
魂の器を介しての契約、それは精霊との融合に近いとは先に述べた。
望みを叶えられなかった精霊は、その失意によって消滅する場合がほとんどである。
では、人の魂に融合していた精霊の消滅が何を意味するのか。
それは、推して図るべきであろう。
さて、ここまで人と精霊の合意があれば、契約成立ということを述べたが、実は人と精霊が出会うこと自体が稀とのことである。
そこで、【界】の話に戻る。
大半の精霊は、ひと種族につきひとつの【界】に暮らしていることが多い。
しかも、ほとんどの精霊は他の【界】と交流を持つことがほとんどない。
中には人と精霊の両方が暮らす【界】もあるにはあるが、稀なケースである。
稀にあっても、生活圏が全然別だったりするので、まず出会うことがないとのことである。
事実、精霊契約をしている人というのは、非常に少ないらしい。
出会いの希少さに加えて、合意の難しさにもある。
契約なので、双方の合意が必要なのは言うまでもない。
求める力と、叶えるべく願い。
魂の契約である以上、うわべを取り繕ったようなものは、ほぼ不可能である。
よほど巧妙に相手を騙そうとしても、魂という剥き出しの心に触れれば、それはたちまち暴かれてしまうからである。
それに、仮に契約が成立しても、その力が取るに足らないものになる可能性がある。
では、取るに足らないから力しか得られなかったといって、契約を破棄できるのだろうか。
いや、契約不履行の時と同じく、魂を融合させるほどの契約を簡単に破棄できるはずがない。
では、複数の契約をして、数撃ちゃ当たるはどうだろう。
残念だが、魂の器の限界がある。
人の魂は受け入れられる精霊契約はふたつまでが限界であった。
そ れ以上は、器の許容を超えて魂が崩壊してしまうそうだ。
ゆえに、選ぶ契約相手は慎重に見定めなければならない。
ちなみに、精霊契約をひとつもしていない人は、一般人と能力は何ら変わりがない。
精霊契約をしなければ魔王はおろか、その辺の野生動物にすら太刀打ちできないのである。
以上、精霊についての説明である。
これは、明智光秀という怪しい名前を持つ、せん界管理2等補佐官という謎の役職を自称するイケメン青年がした説明を自分なりに咀嚼してみたものである。
光秀のリアクションがあまりにウザかったので、淡々と質疑応答を繰り返して無駄を排してみたのだった。
ともあれ、
精霊との契約をしなければ、異世界転生をする旨味がほぼないということは分かった。
出会うこと自体が難しい精霊という存在であるが、もし出会えたら、自分ならどんな力を望むだろうか。
(やっぱ、【魔法使いたい】なぁ、しかも【チート級の魔法】使えれば言うことなし。)
その対価を考えてみる。
まあ、契約する精霊の望みを聞くまでは、それは分からないけれども。
(そんな力が得られれば、魔王討伐だろうが世【界を救うことも厭わない】のに。)
そんなことを考えていると。
『ぷーん』
聞き覚えのある、いわゆるモスキート音が聞こえてきた。
その音を立てる存在を目で探すと、すぐに見つかった。
掌を上から垂直に振り下ろす。
目標は、応接テーブルに置いてあるチラシに掲載されていたバナナの写真の真ん中であった。
『ぱぁんっ!』
叩きつけた掌は、乾いた派手な音を生じさせた。
(殺ったか…?)
思わず、フラグっぽいものを立ててしまったが、ものすごい小さな旗であった。
…。
チラシから掌をそっと離し、それを見る。
フラグは立っていなかった。
バナナの写真の中央に小さな真っ赤なシミができていた。
「あー、血吸われでた。ってか死後の世界で蚊に血を吸われるってあるの…?」
そんなことを考えた、その時である。
チラシが突然小さく光りだした。
正確には、小さい血のシミのついたバナナの写真の部分である。
次に、自身の体が大きな光に包まれる。
光はすぐに収まったが、ただ事ではないことが起こったのは確かだった。
まず、頭の中に浮かんだのは【血の契約】である。
(まさか、バナナの売買契約が成立したのか…?)
そんなバナナである。
だが、その時は気づかなかったのだ。
大きな光は、自分の掌に張り付いたペシャンコになった蚊から発せられていたことに…。
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