第二話 異

 時が止まった世界。確かにそれだけでも十分奇妙な状況ではあるのだが、俺はそれ以上に目の前にいる青年にも、興味がわきはじめていた。

 全く動かないため観察しやすかったのもあるが、この人物は


 俺がいた国において、肌色という色は、今日日きょうび存在しない。

 国ごとに肌の色は異なり、多様性の観点から『肌色』は、『ペールオレンジ』へと改名された。

 そして今俺は、その多様性というものを身をもって感じている。

 そう感じたくなるのも当然だ。なぜなら、目の前にいる人物の肌が、全身を焼きすぎたかのように

 顔や腕はもちろん、髪の毛を含む全身の毛から、爪先に至るまで、まるで赤いペンキをぶちまけたかのように、綺麗な赤色をしていた。


 しかし、彼の全身は確かに真っ赤であったが、彼のは必ずしも真っ赤というわけではなかった。

 そう、服を着ているからである。


 その服は、全身の赤さとは対照たいしょう的に、上下から靴に至るまで(さっき脱がせて足の爪も調べた)、すべて緑一色で構成されていた。

 俺からすると、これはとても奇抜なファッションにしか見えないのだが、迷い込んだこの国では、よくいる服装なのかもしれない。


 それともう一つ、彼の全身が赤いとは言ったものの、そこには例外が一箇所存在していた。

 その場所は目、すなわち眼球だ。

 人間というものは白目の真ん中に黒目があり、その黒目が動くことで、視界を視ることができる――俺が大学にいた頃の研究でも、よく確認していた――のだが、国によってはその黒目もまた色が変わってくる。


 俺がいた国では黒目の周りが茶色であった。

 そして、眼の色の種類は、周りが青色の碧眼へきがん、周りが緑色の翠眼すいがんなど、他にも色々あるものだ。

 しかし、今俺の目の前にいる彼は、俺が知っている


 そんな異質な彼の眼球は、


 こんな眼は、生まれて初めて見たことがない。

 この眼を研究しているだけで一生をついやせそうなくらいの、珍しい眼だ。


 だが、俺はその前にこの止まった世界を調査しなければいけないことを思い出した。

 それを踏まえて彼のポーズを観察していると、どうやらどこかに向かっているというよりも、かのように感じてくる。


 彼はどこかへと向かっているのか、もしくは何から逃げようとしているのか、考えても無駄な気はするが、この状況の手がかりの足がかりにはなろう。


 と、そんなことを考えてた矢先であった。


「お願いだから止まって!!!」


 町の先から叫ぶ女性の声が聞こえてきた。

 言語としては英語に近しい感じ――俺は論文を漁りやすくする為に英語とドイツ語は修得している――であり、そのまま聞こえた言葉にすると「Stop,please!!!」ではあるのだが、そんなことはどうでもいい。

 俺以外に動いている人間がいるかもしれないのだ。

 俺は目の色を変えながら見通しの悪いみちを抜け、声のする先へと向かう。


 どうしても目が奪われるような、カラフルに並べられた家の壁を超えて広場にたどり着いたとき、声の主はそこにいた。

 そして、そこにあった光景も、先程の彼と同じように、また目を疑う状況であった。


 叫んでいたであろう少女は、、まさしく昔のモノクロ映画から出てきたようである。

 年齢としては中学生か高校生か辺りで、顔はヨーロッパ系に近かった。

 英語圏えいごけんの人間であるのは間違いなさそうではあるが、やはり全身の色が無いというのがとにかく気になる。


 もし、白黒写真や白黒テレビしかない頃の昔の人間が、過去から現代にやってきたとして、その姿が完全なモノクロになる、なんてことは無いだろう。


 あの時代はカラー技術が発達してなかっただけで、その頃にも色というもの自体はあったのだ。

 今の時代、白黒写真もカラーに変えることができるというが、あれはつじつま合わせに補正しているだけであり、あの時代の真実の色は分からない。

 いやそれを言うなれば、現代の写真や映像も、再現できる限りの光や色を使っているだけで、正しい色とは限らないのだけれども。


 だから、ここにいる少女は、のである。

 服まで含めて全身が白黒というものは、まさしくという可能性が頭によぎるくらい想像を飛躍ひやくさせなければ、ありえないことだ。


 しかし、それもまだ俺のバイアスが残っているだけなのかもしれない。

 色を全て弾く服がいつの間にか完成されてて、最初から色素が全くない、ただの普通の人間の可能性だってまだある。


 それを踏まえてだ。

 その彼女が見据みすえる視線の先には、カラフルという言葉では表しきれないほどの、無数の色が溶け合わずに常に流れている、大きさが彼女の三倍ほどある化け物がいたのであった。

 だけどそんな危険で異質な状況を目の前に俺は、そいつを見てふとこんなことを思ってしまった。


 (美しい、ずっと見ていたい)


 ……こんな時の止まった世界でも、俺の好奇心はまだ動き続けているらしい。

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