第六十四話:悪魔に魅入られた娘

 俺はホールへと踏み入れた。

 この地下に、悪魔の力が封印されている部屋がある。ちょっと探すのは難しいのだが、このホールの仕組みを解くとそこまでたどり着くことができる。

 そして、ホールの真ん中にあいつはいた。


 入り口側に背を向けていたが、俺が入ってきたことに気が付いて振り向いた。


「あら、早かったですね」

「おう、待たせて悪かったな」


 俺は気さくに左手を上げて挨拶をする。

 右手にはテネブライを持っているからな、こっちを上げるのは威嚇が過ぎるだろう。


「最初に謝っておきますね。騙してごめんなさい、コルニクス」

「ああ、酷い目に遭った。まんまと騙された」

「ふふふ。全く疑わないコルニクスも悪いんですよ。そんな感じですから、悪い女に騙されてしまうんです」


 ヘエルは何事もなかったかのように笑っている。

 俺たちの会話はこれまで通りのものだ。何事もなかったかのように笑い合っている。

 これから殺し合う間柄だとは思えないほどに和やかな空気だ。


「で、どうでした? 驚かないということは、私が“あの方”だって途中で気が付いたんですよね? どんな気分ですか?」

「気分、気分ね。まあ、最悪だわな。純粋に気分が悪い」

「ふふ、そうですか。コルニクスは搦手が苦手そうですものね。まずは私の一勝と言うことでよろしいでしょうか?」


 俺は肩をすくめて呆れたと言ったポーズを見せてみる。

 ヘエルはそれを見て、更に楽しそうに笑う。

 俺たちの距離は離れたままだ。


「さて、じゃあ逆に言葉を返すか。悪魔の力なんざに手を出して気分はどうだ、ヘエル」

「気分、気分ですか、そうですねぇ……」


 少しだけ考えた素振りを見せて、わざとらしくまた笑う。

 ヘエルはこれまでに見たことがないぐらい上機嫌なようだ。


「最高の気分、ですかね」

「そうか」

「ええ、そうです。力を持つというのはこういう世界が見えるんですね。今の私なら何でもできそうです。もちろん、コルニクス、貴方に勝つことだって」


 俺は噴き出して笑う。

 悪魔の力を手に入れたとは言えど、ここまで人は変わるんだな。

 それとも、本当はずっとそう考えていたのか? 俺には勝てないと理解させていたつもりだったが。


「俺に勝つ、か。随分と大きく出たな?」

「そうでしょうか。今の貴方はトートゥムと戦って消耗しています。怪我は無いようですが、気力までは完全に回復とはいかないんじゃないですか? こうして私を話をして時間稼ぎをする程度には、時間を欲しているように見えます」


 俺は心の中で舌打ちをする。

 本調子でないことを見透かされているのもそうだが、それを見越したうえで見逃されているのが腹が立つ。

 悪魔の力を手に入れて本当に調子に乗っているなこいつ。


 だが、俺に有利になるなら見逃してやろう。

 勝率は高ければ高い方がいい。今回は負けが許される状況ではない。


「時間稼ぎを見逃してくれるなんて寛容だな。いつからそんな偉くなった」

「もう、私は元から貴方の主人ですよ。そして、今日本当の意味で貴方の主人になります。」

「そういう意味じゃないんだけどな。まあいい、それで? 本気で俺に勝つ気なのか?」

「勝ちますよ。そのために、私はこの力を手に入れたんですから」


 そう言ってヘエルが自身の正面に手をかざすと、赤いオーラが渦を巻いてホールの天井まで届くほどの大きさに膨れ上がる。

 あまりの魔力の強さに離れている俺のところでも圧力が感じる。

 これが悪魔の力か。増幅装置でしかない存在だが、よくもまあヘエル程度が持ってもここまでの力になるものだ。


「その程度で勝てるとでも?」

「勝ちますよ。でなければ、ここまで仕組んだ意味がなくなってしまいますから」

「そうか。なら、これ以上は不要だな。黙って投降するなら許してやったんだが」


 俺はテネブライを構えて、ヘエルへと向ける。

 ヘエルはようやくかと言わんばかりに好戦的な笑みを浮かべ、その魔力を全方位に解放する。

 押し寄せる波のような魔力が俺を襲うが、俺は一歩も引かずに受け止めて見せる。

 この程度で一々反応してるぐらいじゃ戦いにならん。


 ヘエルの背中に光の翼が生え、宙に浮く。

 おいおい、空飛べるのかよ。光属性魔法にそんなのあったか? どういう原理だよ。

 愚痴を言っても仕方がない。目の前の出来事が現実だ。対処するしかないだろう。


「では、行きますよ。コルニクス、死なないでくださいね」

「ほざけ。地面に伏せて謝らせてやるよ。調子に乗ってごめんなさいってな」


 俺は空を飛んでいる奴相手にどう戦うかを考えながら、まずは距離を詰める方法を考える。

 幸いにも、この空間は密閉されている。最悪な空高くまで飛ばれて一方的に攻撃される展開は防げるだろう。


「邪魔が入ると嫌なので、結界張ってしまいますね」


 ——更に、空間が隔絶された感覚がする。

 完全に密室か。お互いに逃げ道はなくなった。上等だ。


 さあ、ラストバトルと行こうか。

 悪魔の力程度で最強に勝てると粋がっている馬鹿野郎を地面に引きずり落としてやろう。

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