第六十二話:最強の男
激しい打ち合いが繰り広げられている。
俺は攻め、トートゥムは守る。その様相は変わらない。
ただ、少しずつ、少しずつ俺の攻めがトートゥムに通るようになってきた。
「どうした。迷いが見えるぞ」
「……そんなことはないさ。僕は、忠義に従うだけだよ」
「ほざけっ!」
左手の剣に纏わせる魔力をより多くする。
一瞬だ、一瞬の隙があれば倒せる。その隙を見せてくれるような相手ではないというのは流石だな。
「何が忠義だ、お前は逃げてるだけだろう、目の前の現実からな!」
「……」
「何か言ったらどうだ、最強の名が泣くぞ、ええっ!」
俺は乱打を続ける。単純計算すれば手数は相手の二倍あるんだ、数で押せば押せる。
付け焼き刃だろうが関係ない。受けられない一撃がある以上、相手は引くしかない。
「どこまで逃げるつもりだ? 敵は目の前だぞ、俺を見ろ! 最強!」
「ぐっ……!」
徐々に、徐々にだが俺の方に形勢は傾いている。
だが徐々に過ぎる。このままでは決着はあまりにも遠い。
ヘエルに対して余力が残せるとも思えない。やはり、一度限りの不意打ちを使うしかない。
そのためには、トートゥムに本気になってもらわないとならない。
「大方お前も後悔したんだろう? その結果がこのざまだ! 恐れて停滞し、何もかもが手のひらからすり抜けて零れ落ちていく。お前は見ているだけだ、お前は何も守れやしない!」
「君は全部わかったような口を利くんだね。僕の事を調べたのかい?」
「調べちゃいないさ。だが見てりゃわかる。お前は怯えて蹲ってるだけの男だってな!」
激しいぶつかり合いの後、トートゥムは俺から距離を取ろうと思いっきり俺を突き飛ばした。
俺は合わせて後ろに跳ぶことで勢いを殺し、反転、即座に距離を詰め直す。
「何を失った? 一度失った程度で終わったつもりか? 繰り返す苦しみを味わい続けるつもりか?」
一撃一撃が軽いのはわかっている。大して、トートゥムの剣は重く硬くなっていく。
調子を取り戻しつつあるのは相手だ。勢いを付けないとまずい。
「だからお前はまた失うんだ。——お前は大事なもの一つ守れやしない!」
その一言が、きっかけだった。
それまで防ぐばかりだったトートゥムが一瞬で振りかぶり、豪打を繰り出してくる。
俺は受けようとしたが受けきれず、衝撃のままに地面を転がらせられる。
「……僕の忠義は色褪せはしない。君が何を言おうと無駄さ」
「はっ。その割にはお怒りじゃないか。忠義の名の元に何を捨てた。それは忠義に値するものだったか?」
この路線が正解のようだ。
そうだ、怒れ。俺を殺そうとしろ。
そのうえで、俺はお前を倒す。消耗戦なんてしてられるか、手っ取り早くだ。
「悪いが、俺はその先へ行く。一度失った程度で止まってられるか。俺は、俺の物は取り返すと決めたんだ」
「……それが、君の言いたいことか」
トートゥムの纏う空気が変わる。
時間稼ぎのそれから、本気で目の前の敵を排除するそれへと。
来る。最強の男が。
「ならば、僕は君の覚悟を問おう。僕の前に敗れるならそこまでの男。最強と僕を呼ぶのならば、最強を超えていけ、コルニクス」
「最初からそのつもりだ、トートゥム!」
来る。機を逃すな。ここから先は一瞬でも気を抜けば即座に負ける綱渡りだ。
守りから攻めへと転じるトートゥム。その剣は愚直で、なお反応しきれないほど鋭く素早い。
読みが間に合っているから何とか受けられる。一個でも読み間違えれば、俺の体は真っ二つに裂けることとなるだろう。
これが最強の本気。これまでは一度も本気なんて出されたことはなかったと思い知る。
訓練で戦っていたのはあくまでも稽古だったのだと。
「……ははっ。この程度か。そりゃ、たかが知れるって、ものだな。お前が失ったのも、当然の帰結って、もんだな!」
切れる息で途切れ途切れになりつつも、俺は煽るのを忘れない。
ぎりぎりのところだと悟られるな、まだ余裕があると錯覚させろ。
俺に勝機があると、切り札があると錯覚させろ。
何か一撃を狙っていると思わせろ。
手堅く攻められれば、何もできず負けることを悟らせるな。
「どうした! 剣筋が鈍っているぞ! 俺が怖いか、怯えているのか!」
「君こそどうした。柄にもなく良く吠える!」
「お前を超える前祝いの号令だよ!」
トートゥムの猛攻を防ぎつつ、左腕の圧力を有効に使って相手の剣筋を狭める。
トートゥムにとって今一番恐ろしいのは何か。本気の一撃を加えようとしたところを、再び剣を吸い寄せられることで邪魔されることだ。
だから、俺はその心理を利用する。
「甘い!」
「ぐっ!」
一瞬の隙をつかれて、俺の左手から剣が弾き飛ばされる。
剣に纏わせていた魔力は俺の手から離れたことで霧散し、傷だらけの剣に戻る。
「そこだ!」
そして、出来てしまった俺の隙をついて、トートゥムの突きが俺の左肩へと迫る。
——俺の狙い通りに。
テネブライが俺の肩を貫いた。
苦痛、痛み、熱さ、手傷を負ったことで思考がそちらに寄せられるが、すぐに引き戻す。
この瞬間を逃してはならない。この瞬間のためだけに全てを整えていたんだ俺は。
俺は傷口に全力で力を入れ、左手でトートゥムの腕をつかむ。
「やっと捕まえたぜ」
「何を――」
「起きろ、テネブライ! 食事の時間だ! 『ウンブラ・ウェントゥス』!」
俺は傷口から刀身を伝って、全力でテネブライに魔力を吸わせる。
別に魔剣に魔力を吸わせるのは剣を持つ必要はないんだぜ? 知ってたか、トートゥム。
膨れ上がる魔力に、トートゥムは俺がやろうとしていることを察知したのか、全力で離れようとする。
しかし、俺は掴んで離さない。
「覚悟しとけよ。こいつはちっとばかし痛いぞ」
「君は、なんてことを――」
「吹き飛べ! 『アペルトゥス』!」
テネブライから放たれる魔力の奔流が、俺たちを中心に空間を消し飛ばした。
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