第六十一話:力を求める理由

「そういえば、君がなんで最強を目指しているのか、聞いたことはなかったね」

「戦っている最中に喋ることか? それが」


 俺は左の剣でトートゥムの剣を受け、右に持っている魔剣で攻める。

 今回疑似魔剣は使うとしても防御用だ。こいつ相手に攻めに使ってもいなされる可能性の方が大きい。

 トートゥムは俺の二刀流にも瞬く間に対応し、上手いこと距離を測りながら立ち回っている。

 なかなか決定的な隙を作り出すことができない。


「いいだろう? 聞かせておくれよ。そのぐらいの時間稼ぎは許しておくれ」

「お前に言ってもわかるものか!」

「わかるよ。君は、僕と同じだ」


 叫び声に合わせて思い切りトートゥムの剣を横に弾き、合わせて右腕の剣を振るう。

 トートゥムは弾いた衝撃を手首を返すことで難なくいなし、俺の一撃を軽々と防いで見せる。

 やはり純粋な剣の技量ではまだ勝てていない。消耗覚悟で手札を切らないと勝てる相手じゃないってのはわかっていたが、実際に目の当たりにすると腹が立つ。


 お喋りする余裕すらあると来た。

 こうなったら、隙を見出すために少し興じてやるか。

 同じだとかほざいた言葉も気になるところだ。


 お互いに一度剣を合わせ、弾き飛ばされるように距離を置く。


「お前は、飢えたことがあるか」

「飢え。それが君の強さだとでも言うつもりかい?」

「そうだ。俺は飢えている。求める力、縋りつく力、それが俺の求める力のあり方だ」


 奪われないための力もそうだ。根本は、俺のものは俺のものだという欲求だ。

 路地裏で生きていく上で、不自由に生きていくには強くなるしかなかった。

 前世の愚かな男のようにならない様に、俺は強くなりたかった。


 俺は再び踏み込み、左の剣を振るう。

 力任せの一撃はトートゥムに簡単に防がれる。


「なら、君は満たされた後はどうするつもりだい?」

「——その答えは、もう見つけた」


 すかさず右の剣を振るう。

 肩口を狙った一撃に対応するべく、トートゥムは俺の左の剣をはがそうとして――失敗した。


「……なるほど、勝つための二刀流と言うのは嘘じゃなさそうだ」

「お前がその剣を捨ててないのは幸運だった。俺が練ってきた策は、お前がテネブライを持っていること前提のものだったからな」


 すぐに危険を察知されたから深手にはならなかったが、確かにトートゥムに一太刀を与えた。

 その事実が、今この場で何よりも大きい。


「死ぬほど後悔したさ。手にしたものを手放す喪失感と言うのは何とも耐えがたいものだ」

「うちのお嬢様がごめんよ。代わりに謝ろう」

「はっ。お前は何も知らなかっただろう」


 なぜ、防御が失敗したのかトートゥムは今考えているだろう。

 こいつなら直ぐに仕掛けに気づくはずだ。俺の手札は粗方知っているからな。


「満たされることはない。飢えは、満たされるほど飢えるものだ」

「まるで、全てを見てきたような言いざまだね」

「見てきたんだよ。全部失った哀れな男の人生をな」


 トートゥムは目を丸くしている。

 それはそうだろう。こいつには俺の前世の話なんざしていない。

 だが、俺の言葉が嘘じゃないことだけはわかるに違いない。


「手にして、満足したら、そこで終わりだ」

「……少しだけ、納得したよ。君はあまりにも強さに偏執していた。一度そのせいで死んだみたいにね」


 トートゥムが剣を構え直す。

 タネは理解できたか? じゃないと死ぬぞ。


「俺は二度とそうはならん。記憶だけでなく、実感して真に理解した。——奪われたものは諦めず、取り戻す。そのための力だ」

「子供の駄々のようなことを言うね」

「人の欲求なんざそんなもんだ。何はともあれ、俺のものは俺のものだ。他の誰にもくれてやりはしない。俺のもんは俺の手元で――俺が守る」


 俺も構え直す。

 先に攻めるのは俺だ。

 先ほどまでと同じように、左の剣から振るい、テネブライの防御を引き出そうとする。


 トートゥムは守るのではなく、大きく一歩引くことで俺の剣筋を避ける。

 タネは理解できたようだ。

 テネブライは闇の魔剣だ。闇の魔力に強く影響され、他の魔力を弾いてしまう。


 俺は疑似魔剣一歩手前まで剣に魔力を流し込み、テネブライを魔力で吸引しただけだ。

 磁石のように引き寄せられるテネブライに、トートゥムの動きは一瞬だけ鈍る。

 それが先ほど俺の剣が通ったタネだ。


「君は、強さの意味を見つけたんだね。嬉しいよ」

「俺は今ここで、お前を倒す」


 トートゥムはもう俺の左手の剣を防ぐことができない。

 それが決定的な隙になると理解したからな。


 同時に、これはバレればなんて事のない話でもある。

 意識さえすれば少し不利になる程度。トートゥムの主目的である時間稼ぎには何ら影響は出ない。

 俺はさっさとこいつを突破しなければならないのだ。


 悪魔の力は馴染んでるだろうとは言え、まだ使いこなすのには時間が足りていないはず。

 さっさと乗り込んで、ひっぱたいてしまうに越したことはない。


「それで、君はこれからどうする? 僕の目的はあくまでの時間稼ぎ、お嬢様が出てくるまでここを守れればそれでいいのさ」

「そうだな。そして――だからお前は俺に負ける」


 俺は剣を構え直し、覚悟を決める。

 卑怯だなんだと言うつもりはもはやない。嵌めわざだろうが初見殺しだろうがやってやる。

 お前とは覚悟が違うというところを、見せてやる。

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