三十一話 頼んだ覚えはない



 アニスがジョーンズの元へ走りだした時、彼は森の中をさまよっていた。


 ここはどこだ。

 馬を走らせて、自分はどこへ向かっていたのか。

 

 ジョーンズは、仲間とはぐれたことに気づいた途端、苛々した感情から解き放たれた。ジョーンズは我に返り、みんなとはぐれたことに気づいた。

 あのか弱い少女が現れてから、心をかき乱され、苛々した感情にとらわれていた。

 

 タンジーの言った通り、あれは人間ではなかったのだ、と今さら気がつく。

 どちらに行けば町へと出られるのか。そして、他の者たちはどうしたのか。


 ジョーンズが迷っていると、空から羽音がして灰色の昆虫が飛んできた。

 小さな昆虫はいくら手で追い払っても、自分に目がけて突進してくる。


「なんだ、こいつはっ」


 ジョーンズは毒づいた。

 これも、何かの魔法なのか。

 タンジーに出会ってから大変な目にばかり合っている。


 ため息をつくと、昆虫は目の前で羽を震わせてその場にとどまっている。


「……ついて来いってことか?」


 昆虫に話しかけるなんて馬鹿げていると思ったが、灰色の昆虫は、言葉に反応してくるりと背を向けた。

 藁にもすがる思いで、ジョーンズは昆虫を追うことにした。


 しばらく馬を走らせると、だんだんと明るい景色が開けて、森を抜けた。

 草原が広がっている。


 よかった。町は近くだと安堵した時、背後で気配がした。

 振り向くと、黒いビロードのような毛をした獣がいた。


 ジョーンズは驚いて落馬しそうになった。すると、獣の手足が人の手となり、むくりと起き上がった時、タンジーの姿に変わった。

 ジョーンズは唖然とした。


「君か……」

「ジョーンズ……っ」


 タンジーが目をうるませて手を広げて駆け寄って来た。

 ジョーンズは馬に乗ったまま、後ずさりした。

 タンジーがショックを受けたような顔で手を下ろした。


「そんな化け物を見るような顔をしないで、傷つくわ」


 ジョーンズはうまく謝れなかった。恐ろしい力だと思った。


「君は何者だ……。どうして我々について来る。なぜ、災いが降りかかる」


 タンジーは唇を噛んだ。うつむいていたが顔を上げると、黒い目に陰りが見えた。

 悲しそうな表情だった。


「きちんと説明します。でも、まずは町へ出て宿を借りるまで。あなたの安全が保障されるまでは話せない」


 ジョーンズは、安全な場所などあるのだろうかと思った。

 森の中で襲われた後、仲間たちとバラバラにさせられた。

 タンジーが何か知っているのに、話そうとしない。


「マイケルたちはどうした? 一緒じゃないのか」

「はぐれたの。わたしがいけないの」


 目を逸らして、ぼそぼそ言う。ジョーンズは大きく息をついた。


「今、話して欲しい。どう考えても、君がいたら安全な場所などないようだ」

「分かったわ。でも、せめて、進みながら話したいの」

「マイケルたちと連絡がつくようにしてほしい」


 タンジーは頷くと、先ほどの同じ灰色の昆虫がやってきた。虫に何やら囁いて息を吹きかけると、昆虫は空高く飛んで行って消えた。


「あなたと合流するように言いつけたわ」

「言いつけた、ね」


 ジョーンズは鼻で笑った。


「魔女はなんでもできるんだな」


 タンジーは薄く笑ったが、彼女の顔色が悪い。

 今にも倒れそうだったが、ジョーンズはあえて何も言わなかった。


「君を馬に乗せるのはやめた。歩いてついて来るんだ」

「分かったわ」

「さあ、話すんだ」


 ジョーンズが馬上から言うと、タンジーが話し始めた。


「狙われているのはたぶん、わたしだと思う」

「君が?」

「ええ」

「じゃあ、僕たちは巻き添えを食らっているということか」


 タンジーが相手だと、どうしても嫌な言い方になってしまう。 

 ジョーンズは、辛辣な言い方をする自分に嫌気がさした。


「悪かった。皮肉を言うつもりはなかったんだが……」

「いいの。わたしが悪いの。迷惑をかけるつもりはないんだけど、あなたを守りたいから」


 ジョーンズは首をひねった。


「どうして君が僕を守るんだ? 頼んだ覚えはないのだが」

「精霊たちが言うの。あなたを守れって、だから、わたしはあなたのそばを離れるわけにはいかない」


 タンジーは毅然と言い放った。

 ジョーンズは、迷惑だからついて来ないでほしいとは、言い出せなかった。


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