二十四話 タンジ―の魔法陣


 彼らに近寄ってもいいと言われ、アニスは嬉しかった。


「ありがとう」


 しずしずとお礼を言うと、美形の男性がパンとミルクを分けてくれた。

 お腹が空いていたアニスは、むせ込むように急いで食べた。


「お腹空いていたんだね」


 少年が言う。アニスは、恥ずかしくて俯いた。


「ところで、君は、どうやってここまで来たんだ?」


 美形の男性が尋ねた。


「こっそりあなた方をけていたのです」

「気付かなかったな……」


 ロイが首をひねった。


「ぼくは、マイケル。ジョーンズのいとこだ」


 美形の男性が手を差し出した。アニスは手を差し出すと、力強く握手をした。


「俺はロイ、こいつは弟のデニスだ」


 二人は兄弟だったのか。ロイとデニスの年齢は離れているように思えた。


「わたしはタンジーです。よろしくお願いします」


 デニスは、タンジーと年が近いように思われた。

 三人と挨拶を交わしたが、ジョーンズだけは神妙な顔をしている。もしかすると、タンジーに命を狙われたという記憶が残っているのかもしれない。

 アニスは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 マイケルが首を傾げてジョーンズを見た。


「ジョーンズ、どうしてそんなに不機嫌でいるんだ。ただの女の子じゃないか」

「いいんです、わたしのことは」


 アニスが慌てて遮った。記憶が戻ると、もっと厄介だ。


「わたしは空気みたいなものですから」

「さっき言っていた魔法陣というのを見せてくれないか」


 マイケルは魔法に興味があるのかもしれない。話が逸れてアニスはほっとした。


「任せてください!」


 アニスは、すくっと立ちあがると、石を持って、地面に円を描いた。円の外側に九つの五茫星を等間隔に描き、円の中に九つの神の名前を書く。


「形は綺麗だな」


 ふむふむとマイケルが頷いている。

 アニスは、少し離れていてくださいとお願いして、両手をかざした。

 心を落ち着かせる。タンジーの姿でうまく魔法がつかえるだろうか。

 不安がよぎったが、すぐに集中した。


「今宵、魔物を寄せ付けず、我々を守りなさい」


 呪文が光り始めさらに大きく広がり、五人を中心にして魔法陣が広がった。


 うまくいった! とアニスが安堵すると同時に、五茫星がやたらぴかぴかと輝いている。


「おい、まぶしいぞ!」


 ロイが怒鳴った。

 アニスは、青ざめた。魔力が強すぎたのかしら。

 普通であれば、穏やかな気持ちになり、円の中は守られて安心できる場になるはずが、明るすぎて落ち着かない。


「これで眠れるかな」


 マイケルがぽつりと呟いた。眠れないな、とジョーンズがいらいらした口調で答えた。


「今すぐ、何とかしろ」


 アニスは困惑した。

 今まで、魔法陣が失敗したことは一度もない。

 お師匠様にやり直しの魔法を教わったが、覚えていなかった。


「ごめんなさい」


 謝ると、はあっと男たちがあからさまにため息をついた。

 穴があったら入りたいとはこのことだ。

 アニスがうなだれると、男たちは、呆れたようにごろりと横になった。

 アニスは途方に暮れていた。

 タンジーの魔法はどこまで足を引っ張るのだろう。

 魔法陣が光り続けるなんて、襲ってくださいと言っているようなものだ。

 

 彼らが横になっている間、魔法の仕組みをたどってみた。

 なぜ、光っているのか。五茫星に問題があるのだろう。

 アニスはじっと光りを見つめた。土壌から発している波動が五茫星と共鳴しすぎている。


 男たちを起こさないようにひとつひとつの光りの波動を遮った。

 アニスは苦笑した。

 お師匠さまに魔法を教わっていた子供の頃を思い出す。

 フェンネルはいつも冷ややかに見下ろしていた。

 全て自分でやってみなさい、出来なければ教えて差し上げますと、慇懃な口調で言われた。

 その嫌味を聞くたびに、お師匠さまの力は借りるまいと頑張るのだが、やっぱり師匠は必要不可欠だった。


「タンジーにはお師匠さまがいないのね、きっと」


 ようやく最後の光りが消えて、横になっている男たちの顔が穏やかになると、アニスはぐったりして横になった。

 

 ジョーンズが無事でよかった。雫の精霊が教えてくれなかったらと思うとぞーっとする。

 アニスはむくりと起き上がった。


 ジョーンズの近くへ行って、できるだけそばに寄る。

 彼がいると落ち着く。

 アニスは、目を閉じた。


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