二十二話 黒い獣
トカゲからメイド姿に戻ったアニスは、ジョーンズたちの前に飛び出した。
「ジョーンズっ、早く逃げて、ここにいると危険よっ」
「何事だっ」
突然、現れたアニスを男たちはあっという間にとらえた。
両手をつかまれ、アニスはきょとんとした。
「どういうことかな? 通称、いい魔女さん」
ジョーンズが睨んでいる。
アニスは、あわわと口を開いた。
次第に雨粒が大きくなり、体が濡れていった。ところが、男たちはアニスの両手首を縛った。
アニスはぎょっとして目を剥いた。
「ち、ちょっと、なぜ、縛る必要があるのっ。男が四人も集まって、かよわいレディを縛るなんて、変態、最低、バカーっ」
あまりにうるさいので、ジョーンズが呆れて首を振った。
すると、男の一人がアニスの口にハンカチを押し込んだ。
「んぐっ、むむーっ。むむーっ。ふがふがっ」
あまりに暴れるので、四人は顔を見合わせた。ジョーンズがため息をつく。
「自由にさせてやれ」
口が自由になったとたん、アニスはわめいた。
「なんてことをするのっ。野蛮人、縄を解きなさい」
「君、魔女なんだろ。だったら自分で縄をとくなんて、たやすいことだろう?」
見たこともない茶色の髪の男がアニスに囁いた。
ジョーンズとは違うかなりの美形だ。彼は顔がとても整っている分、冷酷な印象を受けた。
アニスは、一重の瞳をぎろりと吊り上げると男を睨んだ。小さな唇からキーキー声がほとばしる。
「縄を解かないと、後悔するわよっ」
アニスがわめいたとたん、草叢から見たこともない獣が飛び出してきた。
黒い毛に覆われた鋭い牙を持つ小型の獣だ。四本脚で爪も鋭い。
男たちがさっと分かれて、腰に帯びていた剣を抜いた。
「なっ、なんだこいつはっ」
男が叫んだ。ジョーンズは、アニスを守るように前に立ちふさがった。
先ほどアニスに話しかけた茶髪の美形の男が、剣を構えて獣に飛びかかった。剣は牙に当たり、跳ね返される。男たちの中で一番体格のいい男が飛びかかった。
「ロイっ」
ジョーンズが叫んだ。
ロイと呼ばれた男は剣を振り上げると、獣の首に目がけて振り下ろした。剣は首筋をかすっただけで、くるりと向き直ると後ろ足を蹴り、ロイに飛び掛かった。
「くそっ」
ロイが剣を薙ぎ払い自分をかばう。すると、もう一人の従僕は少年で、彼は勢いよく獣の顔にめがけて剣を振りおろしたが、びくともしない。
「こいつ、手ごわいぞっ」
ロイが叫んだ。
「ジョーンズ、わたしの縄をほどいてっ」
アニスが叫んだ。ジョーンズは我に返って、アニスを縛っている縄を切ろうとした。
「ジョーンズ、逃げろっ」
ロイの叫びに、ジョーンズは飛び掛かってきた獣から身を交わし地面に転がった。
獣は勢いをつけすぎて、爪が地面に食い込み、土がえぐり取られた。
アニスの目の前で獣が涎を垂らして唸っている。
ロイがすかさず剣を振り上げて、獣の背中に飛びついた。獣が暴れる。そのすきにジョーンズがアニスを立たせるとその場を離れた。
「これをほどいてっ」
アニスが叫ぶと、ジョーンズが短剣で縄を切った。
自由になったアニスは、振り向くと獣に向かって呪文を唱えた。
「ミルラ」
硬直魔法で一瞬、獣の体が動かなくなる。
「今よっ」
獣の背中にしがみついていたロイが、首筋に剣を振りおろす。一撃で喉まで食い込み、獣が悲鳴を上げて倒れると、すうっと消えていった。
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