第27話 相手を知ること
「先輩、ちょっといいですか」
夕食の後、思い切って棗先輩に声を掛けた。先刻のやり取りで気まずさを覚えたようで、早々に食堂から立ち去ろうとしていた先輩は、オレが呼び止めるとギクリとした反応を見せた。
「……何?」
「体育祭の応援ダンスで使う曲なんですが、いくつか候補を見繕ってみたので、先輩の意見を聞かせて欲しいなって」
意外な用件だったのか、棗先輩は赤褐色の瞳をまん丸くしてオレを見返した。
「本当に考えてきたんだ。今日の今日で?」
「こういうのは、早い方がいいかなって。練習の時間もありますし。オレ、音楽には疎いんで、御影さんにも手伝ってもらって、例年の体育祭の記録を調べて、系統の似た、且つ、これまでに使われていない曲をピックアップしてみたんです」
スマホを取り出して、候補曲一覧のメモを見せる。リンク先で視聴も出来るようになっているので、早速最初の曲を流して聴かせた。
多少強引なやり口に、先輩は少し面食らったようだった。
「適当に決めといてって言ったはずだけど?」
「オレより経験者の先輩の方が色々詳しいでしょうし、振り付けとかもやっぱり一緒に考えて欲しいんです。オレ一人じゃ無理なんで」
「そこの有能なボディガード君にでも頼めばいいんじゃないの?」
オレの後ろに控えた御影さんを顎で指し、皮肉っぽく宣う棗先輩。物言いたげに唇を引き結んだ御影さんを制して、オレは返した。
「それも考えたんですけど、体育祭で実際に踊るのはオレと棗先輩だし、息の合ったパフォーマンスにする為にも、先輩にダンスを教えて欲しいんです」
真っ直ぐに見据えて訴えかけると、先輩はたじろいだ。
「ていうか、ボク、お前のこと嫌いって言ったよね? 嫌われてる相手に、よくそんなこと頼めるね」
「だって、先輩がオレを嫌いなのって、オレが姫だからってだけの理由ですよね? どうせ嫌うなら、オレのこと、もっとちゃんと知ってからにしてください。でないと、納得がいかないので」
「なっ……何それ」
「オレも棗先輩のこと全然知らないのに、嫌わてるみたいだからって、これまで避け気味だったのを反省したんです。逃げてちゃ、何も変わらないですよね。すみません。なので、これからは積極的に関わっていくことにしたんです。オレ、棗先輩とは仲良くなりたいので」
そうだ、大事なのは相手を知ることだ。
知らないから、分からないから怖いし、勝手な想像で相手の気持ちを決め付けて、悪者にしてしまう。
互いに相手のことをちゃんと知れば、本音でぶつかり合えば、歩み寄ることだって出来るはずだ。
――御影さんの時も、そうだったんだから。
「は、はぁっ!? 何言ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」
「そうです。無知なんで、教えてください」
「……っ」
狼狽える棗先輩を、じっと見つめて、決して退かない。その内に先輩は観念したようだった。額を押えて目を瞑り、深く長い溜息を漏らす。その吐息の尾が切れた頃になって、ようやく返事が
「分かったよ……勝手にすれば?」
「ありがとうございます!」
呆れたような口調。だけど、拒絶はされなかった。それだけでオレは嬉しくなって、自然と顔が綻んだ。
傍らで心配そうに事の成り行きを見守っていた巌隆寺さんが、オレに向けて柔らかく微笑んでくれた。次いで背後から、御影さんが
◆◇◆
それから、ダンスの練習が始まった。放課後、予定の無い日は毎日、姫寮の広間を利用して、夕食までの約三時間。
「ワン、ツー、そこでターン! 違う! そうじゃない! 何度言えば出来るの!?」
「すみません! もう一回お願いします!」
先輩の指導はなかなかにスパルタだった。それでオレが音を上げるか試しているようでもあったので、オレは負けじと食らいつく姿勢を見せた。
いつか、先輩に認められたい。その一心で。
運動神経は元々そんなに良い方でもないので苦労はしたけれど、それでも徐々に技術は向上していったと思う。
「っ! 出来た! 出来ましたーっ!」
「うん、今のは良かったんじゃないの?」
思わず、先輩の顔を凝視した。
「……何?」
「いや、先輩が褒めてくれたから……」
「そりゃ、ちゃんと出来た時くらいは褒めるよ。犬の躾だって、そういうもんでしょ。……何ニヤニヤしてんの」
「だって、嬉しくって!」
ついつい、頬が緩んでしまう。すると先輩は一瞬怯んだ様子を見せて、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
「言っとくけど、比較的マシになったって程度で、まだまだだからねっ! ボクの隣で踊るのなら足を引っ張られちゃ困るから教えてるだけだからね!」
「はい! もっと精進します!」
先輩は、ふんっと荒い鼻息だけで応えた。
こうしてレッスンを重ねている内に、分かってきたことがある。どうやら、棗先輩は意外と照れ屋さんだ。そして、素直じゃない。明らかな照れ隠しに憎まれ口を叩くことも多い。
そういう人間らしい一面を知ると、もう先輩のことは怖くなくなった。むしろ、可愛らしい人だな、と思ったりもして。
当初は鉢合わせを避けて使えずにいた大浴場も、この頃は夕食後に先輩と連れ立って汗を流しに行くことが日課になった。
色白で華奢な先輩の身体はまるで女の子のようで、見てはいけないものを見ているような変な気分になってしまい、初回は思わず目を逸らしてしまったけれど……。
「なぁに、照れてんの? 男同士なのに? お子ちゃまにはボクの裸が刺激的過ぎた?」
こちらに余裕が無いのを見て取った時の棗先輩は、水を得た魚のように愉しげに煽ってくる。
「だって、そりゃあ……先輩、女の子みたいだから」
「へーぇ? 意識しちゃった? さてはハルくん、童貞でしょ?」
「どっ!?」
「わっ、赤くなった! 図星?」
「~~っか、揶揄わないでくださいよ!」
「キャハハ! か~わいい♡ ボクで妄想して抜く分には構わないけど、実際には襲わないでよ?」
「おっ襲いません!」
全く……やっぱりこの人、意地悪だ。
上機嫌に鼻歌を歌う棗先輩に続いて脱衣所を後にしつつ、オレは溜息を零した。だけど、それはもう、以前みたいに重たいものではなくなっていた。
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