愛の力は無限大
リリスが作り出した夢境の中で、俺はリリスと見つめ合っている。
「……トワさん、ですよね?」
「……………」
その声と瞳は、どこまでも確信に満ちたものだ。
おかえりなさいと言われた言葉が懐かしくて、俺の方まで涙を流しそうになったが、俺に課せられた制約を考えると肯定するわけにいかない。
だからずっと黙り続けているのに……俺はどうすれば。
「……ふふっ、トワさんは相変わらず私を心配してくれるんですね」
当たり前だろう……だって俺が肯定すれば、リリスは消えてしまう。
少しでもそんな素振りを見せた瞬間に、あの時のようにリリスの体に異変が起こってしまうことが容易に想像出来る。
「落ち着いて話をしましょうか」
リリスが指を鳴らすと、イスとテーブルが現れた。
俺とリリスは向かい合うように座る……ことはなく、スイーツショップの時と同じようにリリスは俺を膝の上に乗せた。
「トワさん、まずは私の考えを聞いてください」
「……うん」
「まず、どうして私がトワさんだと気付いたのか……それはブライトオブエンゲージによるものです――あなたの言葉を嬉しいと思った時、私の中で運命が結び付いた感覚……いえ、離れていた運命が再び交じり合う感覚を抱きました」
リリスは、まるで母さんのように俺の頭を撫でる。
どこまでも優しく、大切そうに。
「その時点で、私はトワ君がトワさんであると確信したのです。そしてあなたから向けられる眼差しは……私の手を取り、ジャンプしようと言ってくれたあなたは間違いなくトワさんと同じ目をしていた」
「……………」
「トワさんの幻影を見るという不可思議な状況は、私にとって確かに幸せなもので……ですが究極の現実逃避でもありました。そんな私を見たトワさんが何も言わないなんてあり得ない……むしろ正体を明かすはずだと考えました」
リリスの言葉に、やはり俺は言葉を挟めない。
「ですが、そうならなかったのはおそらく……トワさんが正体を明かせない理由があると考えました。更に記憶を遡れば、トワさんが私の名前を呼び捨てにしようとした時――私はあそこで、自身の存在が揺らぐのを感じていました。ただトワさんからママ呼びをされてすぐに忘れていましたけど、やはりそういうことですね?」
「……………」
「なるほど……もしかしたら肯定さえも出来ない状況でしょうか」
リリスの言葉は全て的を射ている。
勇者パーティの中でもセレンと共にブレイン的な役割だったし、本当にリリスは頭の回転が速くて答えにすぐ辿り着く。
でも……でもそれに答えようがないんだよ俺は。
リリス自身も存在が揺らいだと言った……それが答えなんだよ!
「大丈夫ですよトワさん」
「え?」
クルッと体の向きを変えられ、至近距離でリリスと見つめ合う。
俺を見つめる彼女の瞳が淡い輝きを放ち、その光を見ていると頭がボーッとする感覚に包まれていく。
「先ほど私は言いましたよね? ここは私たち以外の誰も入り込めない夢境であると……そして、運命を結び付けるブライトオブエンゲージの影響によって、この空間は更に強固なものであると」
「……リリス……?」
「だから大丈夫です――たとえどんな存在でも、この空間に干渉することは出来ないのですから。さあトワさん、私を信じて言葉を紡いでみてください」
なるほど……今の俺は、リリスの魅了にやられている。
自然と出そうになる言葉を必死に止めようとしているのは、リリスに何かあっては嫌だから。
「気を抜いて垂れ流す魅了よりも、こうして意図した魅了は遥かに強力なんですけどね。他のサキュバスよりも遥かに強く、ましてや今のトワさんは耐性を持たないというのに……本当に、どれだけあなたは優しいんですか?」
「……俺は……っ」
歯を食いしばる俺を見てリリスは、ニヤリと笑う。
だがすぐに顔を真っ赤にしながらこう言った。
「言うことを聞かないのであれば……その、無理やりに体を成長させてヤッちゃいますよ!? わ、私は一度も経験がないですがとことんヤッちゃいますよ!? サキュバスですから本能に刻まれてますし!? それこそトワさんが五十発は出さないとおっきが治らない魔法も掛けます! 観念して喋っちゃうまで貪りますけどどうしますか!?」
「わ、分かった! 俺だ! 君の言った通り俺だリリス!!」
……あ。
思わず搾り取られる恐怖に駆られて真実を口にした瞬間、リリスの魅了が解けたと同時に俺は青ざめた。
マズイ……マズイマズイマズイマズイ!
そう思ったが、リリスの様子に変化は訪れなかった。
「言ったでしょう? この夢境に、私たち以外の存在が介在する余地はないのだと」
「あ……」
そう言ったリリスの微笑みに、俺はドッと体の力が抜けた。
それと同時につうっと頬を伝ったのは涙……それは、リリスと本当の意味で再会したことを実感した俺の涙だった。
「……本当に、リリスは凄いな昔から」
「ふふっ♪ だって私ですもの……ですが」
「?」
「こうして実感してもなお変わらない気持ちがあると言いますか……以前の姿と違うのはそうですがやはり子供のトワさんは可愛いです! 新たな気持ちで思いっきり抱きしめて良いですか!?」
「ちょっ!?」
リリスは俺の返事を聞くことなく、その豊満な胸元に抱き込んだ。
もはや最近の俺は母さんからもこうされることが多くて、ついついまただよとか考えてしまうけれど、この俺が女性の胸元に顔を埋めてるとか大事件すぎるぞ今更だけど!!
(いつも思うけど……やわらけえや)
完全に安心は出来ないけれど、今の俺はとことんリラックスしていた。
リリスに真相を語ってはならないという制約に怯えて緊張していたが、それが無くなったのと他ならない男性を落ち着かせるサキュバス特有の空気のせいだ。
「リリス……ただいま」
「っ……はい♪ おかえりなさい♪」
こうして、俺はリリスと本当の意味で再会した。
そこからはお互いに言葉が止まることはなかったが、リリスが俺を離してくれることもなかった。
夢の中の俺が言っていたように、転生という事柄に関してリリスはポカンとしたが、それでも俺がこうして生まれ変わっているのですぐに信じてくれた。
「なるほど……そんな制約があったのですね」
「あぁ……」
そしてもちろん、俺に課せられた制約に関しても全て伝えた。
「なあリリス」
「はい?」
「これは……俺が見ている都合の良い夢じゃないよな?」
「違いますよ。正真正銘現実です……夢を現実というのは変な話ですけれど、間違いなく私が作りだした世界です」
「そっか……そっかぁ」
それを聞いて俺は心の底から安堵した。
そもそもこのやり取りが夢の用意したシチュエーションとも考えられるのだが、俺からしてもリリスの言葉が真実だと思う。
「……って待てよ」
冷静に考えると……ブライトオブエンゲージのことを考えると、リリスは俺の事を好きだってことだよな?
突然のことすぎて忘れていたし少しパニックになってしまった。
そんな俺に、リリスは優しくこう告げた。
「私の想いを知っていてくれれば今はそれで構いませんよ。トワさんを取り巻く事情は、あまりにも何が起こるか分からない状況ですから」
「それは……でも良いのか?」
「はい、この場合はとことん甘えてください。今のあなたは子供なのですし、何よりあなたと再会出来ただけで私は幸せなのですから」
「……ありがとうリリス」
「はい♪」
リリスが齎す笑顔に、俺もまた笑みを浮かべるのだった。
さて、ここからがある意味本題――真剣な話の始まりだ。
「トワさんが自ら証明した場合だと言いましたが、奇跡の力がどう判断するかも分からないんですよね?」
「まあそうだな」
「この夢境は私とトワさんしか入れない……いえ、他の人も入ることは出来るのですが、ブライトオブエンゲージで強固になったこの中には他の誰も入れないので……セレンさんたちを招くとしたら筒抜けになります」
「……だよな」
やはりそう都合良くは行かないようだ。
何かが起こっては遅いため、もう少し情報が整うまではリリスもこのことを口外する気はなく、素振りさえも見せないようにするらしい。
もちろんこうして夢の中で会う時は別のようだが。
「ただ……私からすれば、その奇跡の力を恨むようなことはないんです。少なくとも私の心の崩壊を守ってくれたのは確かですから。でも、トワさんが生き返ったのはブライトオブエンゲージの奇跡じゃないかとも今は思うんですよね」
「どういうことだ?」
「ブライトオブエンゲージは運命を繋ぐんです……なら、その運命が途切れずに繋がり続けるのならば、こうして私たちが再会するのは運命だったのではないかと」
「……ロマンチックだな」
「そうですよね!」
ですがと、リリスは一拍置いてこう続けたのだ。
「でも、やっぱり一番は愛ですよ愛! 何よりも尊くて、一番強い想いという名の愛の可能性は無限大です! 愛を理由にすれば、どんなことでもじゃあいっかってなるんですよ!」
それはどうなんだろうと苦笑したが、確かに愛の力は無限大かもしれないとリリスを見ていたら思わざるを得なかった。
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