01-07話 お頭、人前で演奏す

 俺は四歳、妹の小夜と如月も二歳になった。 

 双子で見た目はそっくりだが性格は少し違う。長女の小夜はしっかり者ではあるが人見知り。次女の如月は見知らぬ人にも甘えるのが上手い。

 二人とも千代母さん似で可憐なうえ赤ん坊の時からほとんど泣かないし、我儘もいわなくて聞き分けも良い。


 千代母さんは「私達の子供達ってみんな良い子だわ」と嬉しそうだ。

 弁慶父さんも「左近の時も思ったが、こんなに出来すぎた娘が俺の子なのか」と呆れているが、やはり娘は格別に可愛いようだ。とくに仕事帰りに妹達が「おかえりなさいおとうたま~」と迎えるのが嬉しいため、前にもまして真っすぐ帰ってくるようになった。


 平八郎お爺さんも「お前も子煩悩だのう」といいながらも「おじいたまもおかえりなの~」と妹達がお迎えすると「千代の子供の頃にそっくりだのう」と相好をくずし、こちらも帰ってくるのが早くなった。

 

 そんな俺も妹達に「おにいたま~」などと甘えられると、嬉しくて頭をなでてしまう。

 妹達は千代母さんの才も受継いでいるのでとても利発だ。すでに小説も読んでいて文字も書けるし、話言葉もやや子供っぽいが幼児とは思えない。

 俺も前世では娘が三人もいてそれなりに可愛がっていたので、倅の辰蔵達が親父は俺達には厳しいのに、娘には甘いと文句をいっていたのを思い出す。


 ちなみに俺はギターラの他にクラヴィーアも弾けるようになった。ギターラだけで良かったのだが、千代母さんの演奏しているクラヴィーアを見ているうちに、見よう見まねで弾けるようになったのだ。


 俺の演奏を見た千代母さんはとても感激し、クラヴィーアも本格的に習う事になったが、それを見た小夜と如月も「わたしたちもひきたい」といい出した。


 しかしクラヴィーアは一台しかないし、二人とも小柄で手も小さく鍵盤を操作するのは難しそうなのでヴィオリーノを習うことになった。

 ただし鍵盤を押せば猫でも音が出せるクラヴィーアと違い、ヴィオリーノは弓使いが巧みでないと美しい音をだせない。最初は何度やっても汚い音しか出ないので妹達は半泣きだ。すると、これはいけないと思った千代母さんは俺に振ってきた。


 「左近が一緒にやってくれるって。一緒に覚えましょうね」


 「ほんとうですか!おにいさまがいっしょなら、がんばれます~」 


 「……」


 俺の意向を無視した無茶振りだ。しかし妹に甘いし、尊敬される兄でありたいと思っている。そんなわけで一緒に練習することなった。


 始めるまでは、ギターラと同じように弦を押さえるので、何とかなるかと思っていたが稽古を始めるとギーギーと断末魔のような音しか出ない。弓使いが悪いとの事だが、どこが悪いのかがわからないし、汚い音を聞いているとそれだけで悲しくなってくる。妹達が半泣きになるはずだ。

 

 とりあえず、千代母さんのお手本を見て記憶したあと、鏡の前で記憶した動作を思い出しながら真似するが左右反対になるので、かえって混乱してしまう。

 千代母さんに鏡の前でお手本を演奏してもらい、その鏡に映った姿を記憶したあとで、俺も鏡を見ながら弦と弓との接点に注意して演奏を真似してみる。

 何度もやっていると、少しはましな音がでるようになってきた。

 

 「おにいさま、わたしもかがみのまえでやらせてください」 


 「そこは、弓をこの角度でやると良いかもしれない」


 「ばかりずるいです、わたしにもおしえてください」


 「如月は力が入りすぎだ、ちょっと肩の力を抜いて」

 

 そんな事を繰り返していたが、妹達も千代母さんの才能を受継いでいるので楽譜は一度で覚えるし、運指うんしも千代母さんの動きをみてすぐに真似できるようになる。


 そして、ぎこちなくて音も濁っているが、一週間で練習曲のカノンが弾けるようになる。

 

 例によって、千代母さんは「あなたたちは才能があるわ!音楽の神様に愛されているのよ」と妹達を褒めまくっている。

 気をよくした妹達は練習に入れ込むようになった。

 それから一年後、俺と妹達はヴィオリーノを巧みに弾けるようになり、音だけ聞いたら辻音楽家レベルだと千代母さんからいわれるようになった。

 いくら千代母さんの才能を引き継いだといっても、これはチートだと思ってしまう。この世に神がいるのなら、俺たち兄妹けいまいになにをさせたいのだろう。



 そんなある日、千代母さんに連れられて俺と妹達は王宮にお出かけすることになった。

 静香様の主催で開かれているサロンで演奏するためだ。


 気楽な集まりだが、王族とその支持勢力の親睦のため定期的に開催されているようだ。

 千代母さんはたびたび演奏しているが、今日は俺たち兄妹をお披露目するらしい。


 控室に案内され、千代母さんは静香様と短く打ち合わせをしている。いつもはおしゃべりに忙しい小夜と如月も緊張のためか無口になっている。

 俺はギターラを取り出しつま弾いて音の調子を聞く。すでに調律しているが念のためだ。妹達も、自分を落ち着かせるためかヴィオリーノを取り出し音の調子を聞いている。

 千代母さんも俺や妹達の服装をチェックしていると、呼び出しがかかる。


 会場は王宮の中ホールで数十人ほどの人が集まり談笑している。

 俺たちが登場すると視線が集まり「千代様そっくりだわ」「なんて可愛い子供達なの、連れて帰りたくなるわ」そんな声が聞こえてくる。


 千代母さんが最初に挨拶をする。


「今日は私と息子、それに娘と一緒に演奏したいと思います。息子左近は五歳、娘の小夜と如月は三歳です。音楽を始めてから間もないのですが、親馬鹿な私にしばらくお付き合い願います」


 その後演奏を始める。最初の曲はアランフェス協奏曲で俺がギターラで弾き始める。

 この曲は盲目のギタリストが、内戦状態になった祖国への祈りを込めて作った曲なので、感情をこめなければならない。

 俺の中身は五十代なので、子供にはわからない辛さや悲しさを表現することに集中する。

 そして、演奏に合わせて千代母さんのクラビーアが伴奏し、それに小夜と如月のヴィオリーノも加わり一気に盛り上げるが、最後は静かに眠るように演奏をしめくくると大きな拍手が起こる。 


 拍手がおさまるのを待ち、次は妹達がチャイコフスキーの花のワルツを二人で演奏する。

 千代母さんがアットテンポで華やかな感じに編曲したので、観客の反応もとても良い。

 演奏が終わったあと、小夜と如月が恥ずかし気な笑顔を見せるとさらに大きな拍手が沸き起こる。

 

 続けて色々と演奏するが、最後は千代母さんのオリジナル曲で、クラビーア、ギターラ、ヴィオリーノの合奏だが、ところどころのソロパートで奏者の演奏をさりげなくアピールさせている楽しい曲でかなり盛り上がる。


 この曲で最後だったのだが、アンコールを要求されたので、千代母さんと俺でスメタナのモルダウを連弾で演奏し終えると。前にもまして盛大な拍手がおこる。 


 その後、俺たち子供は引き込む予定だったが、大人たちに囲まれてしまった。

 

 「あなた達って演奏家になるの」

 

 「ギターラとクラヴィーアを演奏していたが、ほかにも演奏できる楽器はあるの」


 そんな事を質問されので「ヴィオリーノも」と答えるが、妹達にも「ヴィオリーノ以外も演奏できるの」と質問され「お母様やお兄さまのようにクラビーアを演奏したいのですが、一台しかないので練習できないのです」と正直に答えてしまい、これには千代母さんが苦笑していた。

 

 その後、ご苦労様ということで王太子一家と食事だが、嶋家は王家の使用人という立場なので、お毒見のため陪食するという建前で食事を共にさせてもらう。


 王太子家末っ子の絵莉香様は「私も演奏を聞きたかったのに、子供は入れてもらえなかったのです。左近達はずるい」と拗ねているので、皆でもう一度演奏することになった。


 親子四人で演奏すると、静香様は羨まし気に俺たちを見ている。

 そして「左近この曲は弾けるかしら?弾ける!なら私に合わせて」と静香様からお願いされるので、クラビーアに合わせてギターラで演奏したり一緒に連弾すると、静香様は「いいわね~」と感激している。


 「まったく左近はなんでそんなにできるんだ、体の中に大人が入っているんじゃないのか」


 信秀様はそんな事をいいながら「私も覚えることはできるのか?」と聞いてきた。


 「静香様のお子様ですもの、音楽の才能がありますわ」


 千代母さんがそういうと、絵莉香様も「私もお母様と一緒に演奏したいです」といい出した。


 静香様はそれを聞くと、感極まって信秀様と絵莉香様を抱きしめている。


 小夜と如月もこの時とばかりに「私もクラビーアを演奏できるようになって、お母様と一緒に演奏したいです」といい出した。


 それを聞いた静香様と千代母さんが相談を始め、王宮で皆そろって練習することになった。

 クラビーアも調達するとの事なので「全員練習できるわ」と千代母さんもご機嫌である。

 そして「左近あなたにも指導をお願いするわね」と無茶振りがやってきた。

 俺ってまだ五歳なんですけど……

 

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