第30話 ルシャードとカスパー

「子の名前はなんというのだ?」

「カスパーです」


 名前とは産まれた赤ん坊に初めて親が贈るギフトだ。


「カスパー」

 ルシャードは噛みしめるように口にした。


「獣人のアルファです」


「ならば聖獣だ。獣型に変化できるようになったらどうするつもりだった?」

 ルシャードの問いに、マイネは首を傾けた。


「ひっそりと隠れて暮らそうと思ってました。もう片方の父親は獅子獣人で事故で亡くなったと教えてます」


 そうだった。

 カスパーにルシャードのことを、説明しなければいけない。


「無理にとは言わないが、今から会ってみたい」


「はい。ただ、父親と明かすタイミングは俺に任せてもらえますか」

「わかった」


 再び聖獣に変化して飛行すると、領主館のひときわ大きな屋根の上に降りた。


「オティリオ殿下の部屋は、あの広いルーフバルコニーがある部屋ですよ」


 最上階の角の部屋に半円形のルーフバルコニーが見える。


「オティリオとも話がしたい。そこから入るぞ」

 ルシャードはマイネを抱き上げ、バルコニーに降りた。


 ルシャードの到着を察知したティノが窓を全開にし「ルシャード殿下、いらっしゃいませ」と礼をして迎え入れる。


「兄上!」

 上半身を起こした姿勢のオティリオが、驚いた声を上げた。

 

 そのベットの上にカスパーの姿もある。

 最上階の窓から突如現れたマイネとルシャードに、不思議そうな表情をするカスパー。


 ルシャードは自身によく似た容姿のカスパーを、鋭く凝視した。

 その視線が怖かったのか、カスパーはオティリオの影に隠れ、ルシャードが眉根を寄せる。

 

「カスパーか?」

 ルシャードが呼びかけても、カスパーはオティリオの腕を離さなかった。


 この場でルシャードが父親だと明かすのは難しそうだ、とマイネは思った。

 ルシャードも険しい表情をしている。


「カスパー、挨拶して。こちらはルシャード殿下だよ。オティリオ殿下の御兄様だ」


「王様?」

 カスパーはルシャードを一瞥する。


 オティリオの兄がアンゼル王国の王だと、説明したばかりだった。


「違う。王は一番上の兄で、俺は二番目の兄だ」

 ルシャードが間違いを正す。


「隠れてないで、おいで」

 マイネはベットからカスパーを抱き上げると、ルシャードと対面させた。


 カスパーを出産した時、一人で育てると決心をした。

 あの時は、ルシャードとカスパーが会う日が来るなど信じられなかった。


 やはり二人は似ている。

 カスパーをじっと見るルシャードと、その視線に顔をそむけるカスパーは、親子にしか見えない。


 小さな手にルシャードが触れようとすると、カスパーは拒否するかのようにマイネの腕からするりと飛び降りた。

 そのまま走って部屋から出て行ってしまう。


「あーあ。兄上の顔が怖いからだよ」

 オティリオが口を挟んだ。


「怖がらせるつもりじゃなかったんだ。カスパーとオティリオが先に親しくなってるのが、気に入らなかった。顔に出てしまっていたか?嫌われてしまったかな」


 他人に興味がないルシャードらしくなく、弱音を覗かせた。


「怖かったかもしれませんが、嫌ったりはしないはずですよ」

 マイネは励ます。


「僕が兄上に勝てるのは、唯一子供に好かれることだけだよ」

 オティリオが苦笑して言うと、ルシャードはベッドに近寄った。


「オティリオ。怪我はどうだ?」

「一週間は安静に過ごさないといけないらしい。カスパーは仕草とかマイネに似てて可愛いよね」


「……マイネは、もう俺と番になると約束をした。近いうちに、カスパーも連れて王宮に帰る。これからはマイネを俺の妃として接してほしい」


 淡々と告げるルシャードは、無意識に尻尾を揺らしてしまったようだった。


「そう……よかったね」

 オティリオはそっけなく答えた。


 予想していたかのようにオティリオは、驚きの表情を見せない。

 妃と言われたマイネの方が驚きの反応をしていた。


 ルシャードの甘やかな瞳がマイネを捕らえると、どちらからともなく幸せそうな笑みを溢す。


 オティリオが俯く。

 どこか陰鬱としたオティリオの表情が崩れて、ほっとしように「これでよかったんだ」と呟く声がした。


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