≪アシュリー≫は帝国のスパイ?(1)
◆レンドウ◆
――こいつ、本当に怪しい奴じゃないんだよな……?
俺の少し前を歩く大男。
最近じゃ常に警戒しっぱなしって程でもないんだが……まだ完全に疑念が晴れたワケじゃない。
アンナからイオナの生い立ちを聞いたことで、≪ヴァリアー≫の中にはサンスタード帝国からのスパイが紛れ込んでいる場合もある……ということが確定した。
となれば、見るからに帝国出身の奴が怪しく見えてきちまうのは、仕方がないってもんだろ……?
いや……当のイオナがそうだったように、顔や髪色を変えることで帝国出身だということを隠そうとすることも考えられるか。むしろスパイとして養成される場合、そっちの方が当たり前なのかもしれない。顔を変える手術なんてもの、俺としては怖すぎて一生
まァとにかく、その理論だと「ザ・帝国人」って感じの外見をしたやつは、逆にスパイの可能性は低くなる……のか?
ああもう、分からん。更にそこを逆手に取ってくるかもしれないだろ。
……コードネーム≪アシュリー≫。
初対面の印象が悪すぎたよな。魔王軍による襲撃が沈静化しかけた際、周囲の隊員を先導するように魔人への憎しみを語り。結果として俺とレイスの左頬を殴り飛ばし、リバイアのレーザーに太腿を貫かれた男。
帝国人らしい髪色にがっちりとした体躯、青い目を持つ。背は俺よりも高いくらいで……足がめちゃくちゃ長いんだ。人好きのする笑顔でも浮かべていればかなりモテそうな外見だが……世の中の全てを憎んでいるかのような仏頂面が、人間たちからしても近づくことを躊躇わせるのかもな。
俺は詳しくないんだが、金髪にも色々と種類があるらしい。こいつの場合は純粋な金髪というよりは、それを少しくすませた……アッシュブロンドと言われる類のものらしい。レイスが言ってた。
左の側頭部を大きく刈り上げ、右側ばかりに荒々しく流した髪型をしている。流した髪は右目に掛かるくらいの長さ。いわゆるアシメ系ファッションってやつか。あんまり外見に気を使いそうなタイプにも思えないんだが、その髪型は自分で選んだのか?
その色合いから推察するに、純粋な帝国人の血統を守ることに固執しすぎた帝国貴種……というワケではないはずだ。だが、あの日に叫んでいた内容からして……幼少期に反魔人教育を受けているのは間違いないんだよな?
それにしたって他の連中よりも魔人憎しのオーラが強いのは……まァ≪ヴァリアー≫の隊員なら珍しくもないんだろうけど、きっと魔人絡みで悲惨な事件に巻き込まれた経験があるんだろう。
未だに半信半疑なんだが……こいつは荒事にも耐えられる肉体と技術を持っているせいで戦いに駆り出されてることが多いものの、本職はなんと研究職らしい。ティスのところで、裏方として助手を務めているらしい。
つまりは……魔人に対する採血や投薬の際に、悪意を持って毒の類を投与することで、俺やリバイアに嫌がらせすることも出来そうな立場ではある……よな。危なすぎる。これからはあんま怒らせないようにしとこう。
研究員とは思えないほどに鍛え上げられた肉体を持つアシュリー。
その主な戦闘方法は、拳での殴打。帝国人は教育課程でいくつかのメジャーな武器の扱いを学んでいるのが当たり前らしいが……普通は棒状のものでリーチを確保して戦うもんだよな?
わざわざパンチをメインにして戦うことにどんなメリットがあるのかは俺には分からないが……とりあえず、素手と表現するのは少し違う。こいつは手袋とガントレットの中間とでも言うべきものを装着している。
どっかで見たなァとは思っていたんだが、これ、あれだな。
前にレイスと一緒にエイリアで立ち寄った……
亜人の名匠ジレ……なんたらが製作したっていう、パンチ力強化グローブ。
黒い薄手の生地は沁み込んだ汚れが目立ちにくく、血に塗れる仕事をしているやつでも安心! 指の付け根から第二関節までの間――つまりは殴る際に相手に当てる面だけ――に金属の板が張り付けられているおかげで、器用さを下げないままにパンチ力だけを上げてるってワケだ。まァ、勿論ある程度の重さはあるんだろうけど。
……いや、手袋だけで手軽に攻撃力を強化できるんなら、拳系の武器にもメリットはあるな。特にアシュリーみたいに、外出する際はそれを常に身に着けているタイプの人物なら。「これは特別な武装じゃないんです。普段いつでも装備しているだけの、言ってみれば衣服の一部です」みたいな言い訳が立つよな。
いや、場所によってはどうか知らないが、少なくとも立ちやすくはあるよな……言い訳。
今日これから向かうという監査対象の店だったり、≪ヴァリアー≫で研究対象にしている魔人だったり。そいつらが凶行に走るなどして突発的に戦闘になった場合、「武器が無いので負けました」じゃ話にならないもんな。いつでもどこでも戦えるというのは、考えて見れば結構なメリットか。
槍みたいな
……もっとも、パンチ力強化グローブを装着した仏頂面の大男なら一般人に愛されるかと言えば、全くそんなことは無いのだが。大っぴらに悲鳴を上げて逃げ去るやつが見当たらないだけマシか。
道行く人々に緩やかに避けられながら……アシュリーはついに到着した一つの店の前に立ち、一瞥したのちに
俺もその後に続きながら……少なからず緊張を覚えていた。
副局長アドラスから、予め荒事に発展する可能性もあると聞かされているからだ……。
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