★追加エピソード2 隊員掘り下げ
≪黒バニー≫の気持ち
◆カーリー◆
「じゃあ、頼むわ」
「うん……」
今日も私は、白い布団に仰向けになったレンドウの額に右手を当て……眠りの魔法を発動させていた。
私の魔法は多くの魔人の例に漏れず……未だに細かい部分までは解明されていない、摩訶不思議な法則が働く力だ。それでも先天的に備わっていたものであり、私の親戚であるオババも似たような魔法を持っていたおかげで、使用に関してある程度のノウハウはある。
まず、特に意識せずとも、相手に悪夢を見せてしまうような類の魔法ではない。そもそもこの魔法は自衛のため――相手を無力化させるため――に身についた能力であるはずで、それには相手を出来るだけ長時間に渡って眠らせ続けることが望ましいと考えられる。となれば、相手が極度のストレスによって寝苦しくなり、結果目覚めてしまうような悪夢を見せるのは確かに非効率だと言える。基本的にこの魔法を受けた者は穏やかな夢を見て、安眠を約束されると言っていい。
使用者側として気を付けるべきことと言えば、味方に使うならば「眠らせすぎてしまうことには注意が必要」ということだろうか。危険があるかもしれないので、最大でどのくらいの期間眠らせられるのか……などといった挑戦はしたことがないが、感覚として数日くらいは眠らせ続けられそうな気はしている。重ね掛けもできるし。それだけの間放置してしまえば、脱水症状などの問題が出て来てしまう。
よって味方に掛ける場合でも、使用者は定期的に掛けられた者の様子を見てやる必要がある。もう一度触れて念じることで解除することもできるのは危険がなくていいが……逆に言えば直接触れないと解除できないため、掛けた相手を放置して長時間外出することは避けるべきだろう。
……加えて、私はこの魔法の存在を≪ヴァリアー≫に明かしていないので、任務の最中に攻撃方法として大っぴらに扱うことはできない。
今のところ≪ヴァリアー≫に反旗を翻すつもりはないけれど……一応、隠し玉ではある。相手に直接触れなければ発動できない力が、≪ヴァリアー≫の優秀な隊員たちに通用するかは微妙なところだとも思うけど。少なくとも、タネが割れればダクトには全て避けられる気がする。
レンドウは掛布団が無いと寝つきが悪いタイプらしい。気温的には少し暑いくらいだが、薄手のタオルケットを一枚掛けて眠っている。
彼の額から右手を放し、正座したまま寝顔を見つめて……どのくらいの時間が経っただろうか。恐らく、大して経過していないはずだけど……いや、どうだろう。
レンドウが寝返りを打って、横向きになった。
顔が私の方を向いている。
……別に、魔法で眠らせた相手から常時目を離してはいけない訳じゃない。この部屋を出て共同生活スペースに出て、そちらで別の作業をした方が建設的に思える、けれど。
彼を見ていると、なんだか妙な気持ちになる。
見ていて飽きないし。
胸がざわついたり、心臓の鼓動が早まったりもする。
さすがに淑女としてどうかと思うので、同じ掛け布団の中に潜り込もうとしたことはないが……タオルケットの上から、彼に向き合うように身体を横たえてみる。
その肌に触れてみたい。全く触れたことがない訳ではないけれど。左手を伸ばして、彼の頬に当てる。その体温は低い。私の方がずっと熱い。いや、彼に触れていることで……いつもより私の体温が上がっているのかもしれない。そんな気がする。
自分を強く見せようとする言動が目立つのに、それがいっつも上手くいかない……等身大の男の子。顔は多くの女子に好かれる類のものではなく、どちらかと言うとコワモテ(だっけ?)と言われる部類らしい。けど、その評価は≪ヴァリアー≫の隊員たちが彼の種族を知っているからこそ、先入観と共に
私は別に……彼が吸血鬼だということを特別怖いとは思わないし、顔の造形が怖いとも思わない。そもそも女は、基本的に自分より大きな男が近くにいれば、誰だろうとほんのり怖いものだと思う。……彼以外は。
……これが俗にいう恋心なのだとすれば……私は随分ちょろい女なのだろうな、とも思う。
確かに、アンダーリバーの窮状を救ってもらった恩はある。曲がりなりにも≪ヴァリアー≫の隊員として社会に貢献することが出来て、窃盗を働いた罪悪感などを抱えることもなく食事にありつける生活というものは、私たちが夢に見た……いや、夢見ることすら出来なかったものだ。
それでも、私たちは恒久の平和を手にした訳じゃない。私は今も首輪を付けられているような状態で、アンダーリバーの子供たちのためにも≪ヴァリアー≫とは敵対できない。隷属に限りなく近い形で、日々努力を重ねている。≪歩く辞書≫というコードネームの男やレンドウに感謝するにしても、恋愛感情を抱くまでに至ることには違和感がある。
それでも、しいて言うなら……彼が、私と同じような立場だと知ったことが……大きいのかもしれない。
レンドウにもまた、守りたい対象がいた。≪ヴァリアー≫との間にトラブルを起こしてしまったという幼馴染の女の子と……吸血鬼の里で暮らす同族たち。それらを守るために、≪ヴァリアー≫に使われる生活を余儀なくされている。
そんな立場だったからこそ……私たちに同情して、親身になってくれたのだと思う。先によくしてくれたのは彼の方なのだ。
私は……最初から喧嘩腰で向き合ってしまったというのに。
「……だから、こんな気持ちになるの……?」
そんな男気のあるレンドウだけど……先日の戦いで心労がたたり、ついに体調を崩してしまった。
魔王軍の兵士を一人、無残な形で殺めてしまったこと。
何人もの隊員たちの死と……目の前で救えなかった、イオナのこと。
それらの事象が油断すれば頭の中を席巻し……夜ごとに夢に見て、飛び起きてしまうのだ。だから私は、彼を寝かしつける役割を買って出た。彼の役に立てることが……自分が彼の役に立てる魔法を持って生まれたことが、嬉しかった。
レンドウの頬から手を放し、顔を見ていることも気恥ずかしくなり……頭を下げる。彼の胸に頭を預ける形になった。これはこれで……いや、こっちの方がよっぽど恥ずかしい、他人に見られたら気まずい体勢な気もする。それでも、彼に触れているのは心地がいい。
しばらくの間、こうしていたい。彼が目覚めている時にもこういうことができる関係になれれば、もっと気分はいいのだろうけど。
――現実的に考えて、この人と私が結ばれることはないと思う。
第一に、種族が違う。
レンドウは由緒正しい吸血鬼であり、対して私は種族名も定まらない≪
どう考えても、子供ができない者同士が結ばれることを……周囲が祝福することはないと思う。そして、世間がそれを認めない場合、当事者もいい気分は続かず……遠からず瓦解するものだ。幸せになれる未来が想像できない。
だから……捨てられるものなら、この気持ちは早めに捨てるべきなのだろう。
それでも考えるのは毎日、彼のことばかり。
共に≪ヴァリアー≫と交戦したという幼馴染の子とはどんな関係だったんだろう……とか、ヒガサさんへの恋心はもう収まったのかな……とか。
そう、ヒガサさん。多くの男子が憧れを抱いていたという彼女に、レンドウも惹かれていたのは間違いない。でも、彼はその気持ちを精一杯表に出さないように振舞っていて……恐らく今は、諦めたのだ。そうするべきだと思ったから。
なら、やはり私もそうするべきなのだろう。
だけど、
「……でも……それは、いや……」
穏やかな寝息を立てているレンドウを見て、そう強く思う。
どうしようもない問題で、最後には失恋しか待っていないとしても……今はこのままでいたい。行けるところまで行ってみたい。
きっとそれが、人間界での生活を楽しむということだと思うから。
――いいよね、オババ。
もしも今、この状態のままレンドウが目覚めたら……ドキドキしてくれるだろうか。してくれるとは思う。彼は純情だから。男として、生物の本能が備わっているから。
でも、出来れば性欲とは別のもので繋がりたい。好きになってほしい。
だから……今はこれだけで我慢して、離れる。
――今度こうした暇な時間に、料理でも勉強してみよう。
私やレンドウの好みに合う、薄味なやつを。
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