第64話 公園に集合!

 一人で学校から出て、公園の方を見れば――。


 ――ああ、いる。いまくる。


 めっちゃいるよ。いすぎだろ。


「んで、どぉーしてこうなったんだ?」

「何か弁明があるなら聞くけど?」


 自慢の黒銀くろぎんのナイフをよく投げちまう全身凶器野郎、本代もとしろダクト。それに、真っ白ゴキブリ生命力のレイス。


「あー、ああ。ワリィ……」


 少し項垂れながら釈明しようかと思っていると、


「チッ……」


 ああン!?


 ……小さく舌打ちしやがったのは、レイスの傍らにいる捕虜の少年。俺も開発に色んな意味で協力した特製の白い腕輪によって両手を拘束されている吸血鬼。……ジェノ、だ。


 なんでこんなところまで引っ張り出されなければいけないのか。そんなところか? 今のお前の心境は。この状況は自らが招いたことだろ。甘んじて受け入れろ。


 ……まァ気持ちは分からなくもないぜ。俺だってゴスロリお姉さんに優しくされてなかったら、今ほど人間のために行動してなかったかもしれない。


 今日は髪を左側でアップにしているリバイアは、本音を言えばレイスの隣にいたいのだろうけど、吸血鬼の少年を後ろから監視する意味もあるのだろう。少し離れた位置にいる。


 まあ、拘束具なんてその気になれば破壊できるだろうからな。怪しい行動を取ったら……ズドン! の構えをするしかないのか。もっとも、その白い腕輪に対してレイスが定期的に魔法を注ぎ直してさえいれば、たとえ吸血鬼でもその強力な魔法を放つことは出来ないが。


 それと、リバイアが俺たちの輪に入りづらそうにしているのは、少々どころではない気まずさもあってのことらしい。彼女が時折チラチラとアシュリーの方を見ているのが分かる。レイスに手を上げたあいつの大腿部を魔法で貫いちまったあの日のことを、反省しているんだろう。


「ガキ一人満足に引っ張ってくることもできないとはな……」


 等の大男……アシュリーはと言えば、特にリバイアの方へプレッシャーを送ることは無く、いつも通り俺に対して憎まれ口を叩いてくる。俺があの日こいつに食って掛かった時から、こいつは俺だけを集中的に狙うようになったフシがあるな。


 ……ま、いいけど。


 リバイアに対して報復をするつもりはないようだし、俺の思惑に分かったうえで乗ってくれているっていうなら……それもまた一種の信頼の証と言えるのか……? いやいや、ウゲェだよそれは。


 できるだけ挑発に乗らない様に心がけてはいる。……できるだけだぞ。どこまでできるか解らないからな、あんまり俺サマを怒らせないことだ。


「その、問題の子はどこ?」


 そう、俺に問いかけてきたのは黒ウサギ……いや、コードネーム≪黒バニー≫のカーリー。ちなみに、それはアルフレートが勝手に登録したコードネームだ。


 正直、俺は未だに彼女の顔を直視するのが辛い。勿論それは過去に俺の脳内で目力コンテストに出演させた負い目とかではなく……彼女を見れば嫌でも目に入る、その頭部の欠損にある。


 大丈夫、元から普段使いするものじゃなかったし……と。彼女はそう言っていた。


 しかし、それでも痛ましい。


 カーリーの特徴的なウサギ耳。髪の毛を分ける様にそこから突き出していたそれは、今や片方が無い。左耳が、無残にも……抉り取られたのだ。


 まだ痛ましい傷跡を隠すため、彼女はフードを常用するようになった。ウサギ耳は常にピンと立ち続けているワケじゃなく、寝せておくこともできるのだが……緊張状態になれば自然と起きあがろうとしてしまうため、あまり衣類で押さえつけてしまうのもよくない。


 残った右耳を通すための穴は空けなければいけなかったし、それを他人が見れば……ウサギ耳が片方しかないのは当然、分かってしまうことで。


 魔王軍による蛮行。

 自らの不甲斐なさによってそれを防げなかったことを、ありありと自覚させられる。


 俺が。俺がもっと危機感を持って、最初から本気を出していれば。


 ――出したところで、このヘタレに問答無用で相手の息の根を止めるなど、できるものか。


 自らの内に沸き起こる、冷たい声を聴く。


 だから、カーリー自身には何も悪いところはないんだ。ただ、俺が勝手に気分悪くなりやがるだけ。


 本当にダメな奴。……はぁ。なんでこんな負の感情ばっか際限なく沸いてくるん。また後でレイスに相談させてもらお……。


「……貫太達と一緒に、学校見学中だよ」

「あーれぇ、レンドウくん。もしかしてその子のこと、ここに入学させてあげたいのん?」


 様々な感情を飲み込んで返答した俺に重ねるように、即座に質問を置きに来たのは……灰色の救命士制服の女、アストリド。ねちっこい喋り方が苦手だ。この手のパーソナルスペースを図り間違えたような連中は、俺がそいつのことを名前で呼ぶより遥かに多い回数こっちのことを名前で呼んでくるんだよな。なんなの、友達なの?


 だが、あまり攻撃的に接するのも憚られる。彼女はこんなんでも、弟である≪灰のガンザ≫を亡くしたばかりなのだから。


「……無理だってのは解ってるさ。傷つくだけに終わるのかもしれない」


 自分が軟禁されている生活とのギャップに、憂いしか浮かばないかもしれない。


「でも興味津々だったし、できることなら満足させてから、さ。自発的に家に帰らせたいと思ったんだよ」


 言うと、レイスはうんうん、わかるよと頷いてくれるが……他の面子は即座に同意はしてくれないようだ。


「んー、理想論だなぁ。いや、だけど気持ちは解るぜ」ダクトが俺の心境を慮ってくれた。心強いよ。良識人のお前が、少なくとも敵対しないでいてくれることは。


「……いや、」


 まさか、こいつが喋るとは思っていなかった。そんな驚きに襲われたのは、俺だけではないらしい。その場にいた全員がジェノに注目する。


 いきなりスポットライトを浴びた形になったジェノは狼狽した。やめときゃよかった。何も言わんときゃよかった。そんな心境だろ? ……二ヶ月前の俺を見てるみたいだ。


「……報酬、出るんです、か? ……その……」


 はーん、なんですって?

 消え入るようなその声に、耳をそばだてる必要がある。


「……探し人が。自発的に家に帰った場合って」


 ようやく語り終えたらしいそのボソボソ声(こいつ、敵対組織の連中にも敬語なんだよなー。不思議)に、何人かが「ああ!」と得心がいった様子。俺はいまいち解らず、近くで「ほん、ほん」と頷いていたレイスを小突いた。


「どういう意味だ?」

「そこまで解説が必要な内容ではなかったような……?」


 それは本心から来る言葉で、それ以上でもそれ以下の意味も持っていないんだろう。レイスの発言に、理解が及ばなかった俺を愚弄するような響きは無かった。


「その女の子のお父さんが、「お前らの力がなくとも娘は自分で帰ってきた。よって報酬は払わん。てかお前ら仕事遅すぎだゴラ」……って言うことを危惧してくれたんじゃないかな」


「――ッ! き、危惧なんてしてませんがっ」


 レイスの解説が終わると……刹那、ジェノの慌てたような声が宙をほよよんと泳いだ。


 ……なごみますなァ。

 子供の照れ隠しっていいよな。


 だが、なるほどな。俺にも分かったぜ!


「説明どうも」

「うん」


 簡潔に礼を済ませると、心のままに「まあ大丈夫っしょ」と言う言葉が口をついて出た。それがつつかれる結果になろうとは。


「ふん、大丈夫ならいいがな。万が一それで報酬が出なかった場合……間違いなく「仕事遅すぎだゴラ」の原因であるお前に、責任を取ってもらうからな」


 即座に勝ち誇ったように口元を吊り上げてみせたアシュリーに思わず「ぐぎぎ」、と顔を真っ赤にして唸ってしまった。


 手は出してないぞ。念のため。

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