二章二節 勇者科編

二十五話 色付きと勇者システムと


 カーヴェア魔法学園における二ヵ月の夏季休暇が終わった。

 それはつまり、シトラスたちが二年生を迎えたことを意味していた。


 残暑が強く残る気温。

 石造りの城内はひんやりとしていて気持ちがいい。


 大講堂では、新入生を除く在校生が一堂に会していた。

 学生にとって新たな一年を迎えるための始業式である。


 始業式を終えると、その日からさっそく授業が始まる学園生活。

 

 一年生の時と同じ教室の壇上で挨拶をするのは、女性の老魔法教師のシェリル。

「まずは、進級おめでとうございます。こうして皆さんの顔を見ることができて嬉しく思います。さて、二つのお知らせがあります」


 魔力に比例して老化を抑制する世界。

 学園副理事長を務めるほどに強力な魔力を有しているにも関わらず、老齢の外見が示す経験値。

 真一文字に結ばれた口元が示す見た目通りの厳格な性格。

 しかし、生徒への愛情は深く、生徒に寄り添った授業方針で授業内容自体は厳しいながらも、彼女への生徒からの評判は高い。


 シェリルはクラスを見渡した。

 目が合ったシトラスは小さく手を振る。

 彼女は手を振り返しこそしなかったものの、優しくその眼を細めた。

 

 幼少期に読んだ絵本の勇者を夢見て、その夢を今もなお夢見る上級臣民。

 金橙髪金橙色の瞳の少年――シトラス・ロックアイス。

 シトラスと出会ったことにより人生が一変した元孤児。

 金髪琥珀色の瞳の少年――ミュール・チャン。


 ミュールの胸のブローチの色は青色。

 灰色から始まり、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤と成績に比例して昇格していく。

 赤色にいたっては学年全体で上限数が七と決まっていた。

 彼らは七席と呼ばれて学園から様々な特権を与えられている。


 シトラスやクラスメートのほとんどの一年生の生徒が未だに灰色である。

 一年生終了時点で灰色を脱するだけでも"色付き"として一目置かれる。


 青色の輝石をもつミュールは、 現時点では同期から頭一つ抜けた状態であった。

 入学してまもなく行われる一年生同士での模擬試合――新入戦で本選出場。

 上級生も参加する学園の四大行事――対抗魔戦でもブルーとコンビを組んで、上級生を押しのけての本選出場を果たしていた。


 クラスで他にブローチの輝石に色を付けているのは、シトラスの両隣に座る二人の美少女。

 シトラスとミュールの間にぼーっと座っている二人の幼馴染。

 赤髪赤眼の少女――メアリー・シュウ。

 そして、彼女の反対側のシトラスの横に座る猫人族。

 琥珀髪柑橘眼の少女――ブルー・ショット。


 輝石の色はメアリーのものが紫色、ブルーのものが青色に輝いている。

 メアリーは、剣技の授業でのずば抜けた成績を残していた。

 加えて新入戦、対抗魔戦共に予選突破。

 どちらも本選未出場という珍記録の結果となったが。


 ブルーは、ミュールとタッグを組んで、対抗魔戦の本選出場を果たしたことが大きい。

 学園行事――中でも四大行事の好成績はかなりの加点対象になるのだ。


 教室を見渡すと担当直入に告知に入るシェリルは、

「一つは、昨年度の授業の中でも度々告知したかと思いますが、二年生からは皆さん希望する課程に進んで勉強を進めていくこととなります。そのため、このクラスもこれが最後になります――ありがとうございます、ミスターロックアイス。そうやって別れを惜しんでくださると、私としても嬉しく思います」


 シェリルの話の途中で発せられたシトラスの別れを惜しむ声を、クラスの生徒の大半が微笑ましく見守る。

 普段は礼儀作法に厳しい彼女も、これにはその口角が緩んでいた。


「今後はそれぞれの希望課程で勉学に励んでください。昨年ほどではありませんが、ここにいる皆様の多くとは、まだまだ授業でお会いすることも多いかと思います。そうでない生徒の皆様の名前が私の耳に、いい意味で、届くことを期待しております」


 話の途中でちらりとシトラスに視線を向け、いい意味で、という言葉を付け加えた。

 シトラス本人は気がつかなかった様子だが、隣にいたミュールが何かを察したようで苦笑いを浮かべた。


「今から一年間のみなさまの課程コースのコマ割り表を配布しますので、名前が呼ばれた生徒は壇上までそれを取りに来てください」


 次々とシェリルの口から生徒の名前が呼ばれていく。

 やがてシトラスの名も読み上げられて、壇上で希望課程のコマ割りを受け取る。

 

 受け取る際に、シェリルがほとんど唇を動かさずに小さな声で、

「がんばってください」 

 とエールを送った。

 

 シトラスが声に反応して彼女の顔を見上げる。

 シェリルは他の生徒に気づかれないように小さくウィンクを送った。


 シェリルにとってシトラスは、ここ数十年で最も印象的な生徒な一年生であった。

 シトラスは上級臣民の出自にもかかわらず、誰よりも積極的に授業を受けた。

 また、その出自を鼻に掛けず下級臣民との交流を好んだ模範生である。

 特にクラスの円滑な友好関係を築くために、人柱としてクラスに割り当てられた獣人の生徒――ブルーとも交流を築き信頼を勝ち取った他、他の上級臣民によるいじめから彼女を守ったことを、彼女は高く評価していた。


 シェリルが知る限りでは、彼の授業を受け持った他の教員の評価も軒並み高かった。

 上級臣民らしからぬ突飛な言動で、彼の呪牛を受け持った教師陣の度々の頭痛の種となることが多かった。

 それが愛嬌とさえ感じられるほど、他の教員もシトラスに対して、多かれ少なかれ好感をもっていた。


 シトラスが席に戻ると、メアリーを挟んで隣の席に座るミュールがすぐに声を掛けた。

「シトは勇者課程だよな?」

「もちろん! ミュールは?」

 どん、とシトラスは胸を張る。


 ミュールはニヒルな笑みを浮かべながら、

「ま、お前をひとりにはできないからな」

「一緒に勇者になろうね!」


 快活に笑うシトラスの両脇から、くいくい、と無言でローブの袖を引っ張られる。


 両脇を交互に見ると、メアリーとブルーの二人が突きつける彼女たちのコマ割り。

 そこにはシトラスと同じく王国兵科課程独立勇士科――通称勇者課程のコマ割りが記載されていた。


 日頃から夢を語っていたシトラスに影響を受けて、彼女たちもその道を選んだことは想像に難くない。


 二人の選択に、じーん、と目頭を熱くさせたシトラスは、両脇に座る二人を抱きしめるように肩を抱いて引き寄せた。


 ブルーのそれは、入学時から予想がつかない懐きようである。

 入学時は人間族をヒト耳と呼んで嫌悪していた彼女だが、今ではすっかりシトラスには気を許していた。


 ミュールをはじめとするクラスメートは、それを暖かい視線で見守る。

 昨年一年間でシトラスの人となりを知ったクラスメートは、彼が両手に花であっても嫉妬の念すらわかない。

 クラスの大部分を占める下級臣民にとって、シトラスは魔法の実力を除けば、極めて理想的な上級臣民であった。

 

 校則により学外の身分を持ち込むことが禁止されているとはいえ、そこは貴族社会。

 学園には、ひいてはクラス単位でも明確にヒエラルキーが存在した。


 まずは何と言っても王族と四門。

 ついで、中央貴族、そして地方貴族といった上級臣民。

 その次に、王国内で正式に臣民としての扱いを受ける権利を持つ下級臣民。

 最後に、獣人族や魔人族といった亜人。


 亜人は別としても、上級臣民と下級臣民の間にも越えられない格差の壁が存在していた。

 中でも中央貴族の横暴は、学園で生活を送るすべての下級臣民の悩みの種であった。


 しかし、シトラスのクラスにはそれがなかった。

 なぜか? シトラス、ひいてはメアリーの存在である。

 

 中央貴族以外の上級臣民からもシトラスの分け隔てないその性格は好評であった。

 それは生徒のみならず、一部の教師の間でも。

 なにせ"狂犬"とまで評されるメアリーを、唯一穏便に止められる人物である。

 逆にシトラスの気に障ろうものなら――たとえ彼を害そうものなら、初日にフィーブルやジェームスを叩きのめしたようにメアリーが黙っていない。

 剣技の授業という名の公開処刑が待ち受けている。


 当初は初日のブルーのいじめを邪魔されたどころか、彼らに恥をかかせたシトラスとメアリーに、復讐を企てていたフィーブルやジェームス。

 しかし、彼らがそれを表立って行動することをやめた理由が、彼女の手によって何度も何度も剣技の授業で叩きのめされ、文字通り泣くハメになったからである。

 そして、学園行事を通じて知ることになる、学園歴代最強とも言われるシトラスの姉ベルガモットの存在である。


 これで魔法が優れているなら妬み嫉みも生まれたのだろう。

 幸か不幸かシトラスの魔法はクラスで最も拙かった。

 しかし、それでも不貞腐れなかった。

 周囲の成功には共に喜び、周囲に教えを請い、周囲の何倍も努力をしていた。

 その努力を一年間見続けてきたクラスメートはもはや彼のファンであった。


 そうした経緯から一部の上級臣民からは蛇蝎の如く嫌われる、というか恐れられているシトラスとメアリー。


 ほとんどのクラスメートの別れを惜しむ言葉を送られ、握手やハグを求められたシトラスは、これを快諾した。

 教壇に立つシェリルも、これが最期だからとこれを大目に見る。


 その後は、シェリルにより各生徒が希望課程のクラスの案内がなされた後、昼休憩となり、一年間共にしたクラスは解散することとなった。



 昼食を終え、二年生になって初めての授業に向かうシトラスをはじめとする四人。


 四人はシェリルから配られたコマ割り表に記載されていた、勇者課程の教室の前まで足を運んでいた。


 勇者課程の教室は校舎の角にあった。

 周囲の教室は使われている様子がない。

 教室の前に立ったシトラスには、他の教室から聞こえてくる生徒の声は遠く、ほんの微かに聞こえてくる程度。


 独立勇士科の教室札を見上げたミュールは、

「ここが勇者課程のクラスか。……さすがに少し緊張するな。ここは一つ息を整え――」 

「――失礼しまーーすッ!!」

「――させろや、馬鹿シト……!!」


 深呼吸のために両手を大きく広げて、息を深く吸い込んだミュールを置き去りにして、シトラスは教室の扉を開けて教室へと入った。

 後ろからミュールの恨めしそうな声が、シトラスの背中を追いかけてきた。


 教室は静寂が支配していた。


 微かに聞こえてくるのは、教壇の後ろで時を刻む針の音のみ。

 シトラスたちが踏み込んだ教室には、誰もいなかった。


「あれ? 教室を間違えたのかな?」

「いや、そんなわけはない。ここの教室札も見ただろ? あっているはずだ」


 ブルーの頭頂部の二つの猫耳が、周囲を探る様に左右に動く。

 やはり何も聞こえない様子。

 シトラスと目が合うと、フルフルとその首を横に振った。


 ひとまず、四人は最前列の座席に座ることにした。

 通路側からミュール、メアリー、シトラス、ブルーの席順は去年一年間の四人の定位置であった。


 授業の五分前を告げる予鈴が、教室に鳴り響く。


 しかし、四人の後から教室に姿を見せる生徒、教師はいない。

 そのまま時間だけが過ぎていき、本鈴が授業の開始を告げた。


 本鈴の後、しばらく四人で雑談を始める――とは言っても専ら口を開くのはシトラス、そしてミュール。


 その途中でブルーの耳が何か音を拾ったようで、ピンと上に張る。


 それに気がついたシトラスが話を中断してブルーを見ると、

「誰か……来る。たぶん男」


 ブルーの言葉から、ややあって教室の扉がゆっくりと開いた。


 中を覗くように教室に顔から入って来たのは、一人の中肉中背の男性。

 その外見は中年に差し掛かる歳に見える。

 高い魔力が老化を遅らせる効果があっての中年は、見た目以上に年齢が高い可能性を示唆している。

 なにより勇者課程の担当教師とは思えないほど、男性からは覇気というものを欠片も感じられない。


 男性は最前列に座る四人の姿は確認すると、大きくため息を吐いた。

 トボトボとした足取りで教壇に上がる。


 それを見てシトラスとミュール、そしてブルーは驚いたように顔を見合わせる。

 勇者課程と言われるだけあって、頭のどこかで覇気のある勇者然とした教師を想像していたのかもしれない。


「はぁ、数年ぶりですね。はぁ、しかも一度に複数人も……。はぁ、私の名前はアドニス。しがない魔法教員です。はい……」


 いささか薄くなった赤茶色の髪を撫でたあと、黄色の瞳で四人の顔を力なく見渡す。


 アドニスの視線に応じて、三者三様に名乗りを上げる。

「ぼくはシトラスです」

「ミュール、です」

「ブルー」

「……」


 メアリーだけは胡乱気な視線を送るだけで、その口を開かなかった。


 すぐにミュールがフォローいれた。

「彼女はメアリーです」


 いささか無礼ともとられないメアリーの態度にもアドニスの反応は薄い。

 髪も薄ければ反応も薄い。

 学園の教室で出会わなければ、誰も彼が魔法学園の魔法教師であるということに気づくことはできないかもしれない。


「はぁ、そうですか……。はぁ、改めてこのクラスを紹介します。このクラスは王国兵科課程独立勇士科です。はぁ……いちおう聞かせていただきますが、皆さんの選択した専攻課程で間違いないですか?」

 

 アドニスのその声はどこか、間違っていてくれ、と言わんばかりの声音と雰囲気であった。


 しかし、四人が首を振って間違いがないことを肯定すると、壇上に立つアドニスは一段と大きなため息を吐くのであった。


「はぁぁ……残念です。私の夢の閑職が……はぁ。最初に皆さんにお伝えしておかなければならないことがあります――」

 言葉を一度区切ったアドニスは、



「――あなたたちは勇者にはなれないでしょう」



 勇者を志す者にとって、にべもない言葉を吐いた。


 友人の夢を否定する教師にミュールが吠える。

「ッ……!! なんでそんなことが言えるんですかッ!?」


 よりにもよって勇者課程で、勇者を否定する担当教師。


 立ち上がって壇上を睨めけるミュールに、

「はぁ、そう睨まないでください。今からきちんと説明します。……そもそも勇者とは何ですか?」


 アドニスから唐突になされた質問に対して、真っ先に答えるのはシトラス、

「勇気あるもの!」

「はぁ、一点」

 シトラスの回答に間髪入れずに点数をつけるアドニス。


「……困難を乗り越える知恵や技術を持つ者?」

「はぁ、一点」

 ミュールは少しだけ考えて、物語の英雄譚のイメージを述べた。

 それでもシトラスの点数と同じであった。


「強いやつ」

「はぁ、五点」

 次いで答えたメアリーのシンプルな回答は、ほんの少しだけ進歩した数字に。


 そして、最後に答えたブルーの、

「"黒薔薇公"への抑え?」

 という回答で一気に点数が跳ね上がった。

「はぁ、五十点」


 ミュールが啞然とした表情でポツリと声を漏らす、

「え? まさかのこれ百点満点?」


 その後も意見が飛び出すが、ブルーの五十点を超えるものは無い。

 アイディアの方が先に尽きてしまう。


 考え込む四人を前にアドニスはおもむろに口を開く、

「はぁ、正解は……王の願いを叶える者です」


 この教師は何を言っているんだ、と胡乱な目で見つめる四人に、

「はぁ、胆力、知力、暴力はそれを叶えるために必要かもしれませんが、それらは別になくても構いません――それらはあくまで目的を叶えるための手段にしか過ぎないのです」

 首を振って三つの力を否定したアドニスに対し、ミュールが思わず口を挟む。

「なんで"黒薔薇公"の抑えが五十点なんだ、すか?」

 興奮からか変な言葉遣いになってしまう。

 それをアドニスは特に気に留める様子もなく、

「はぁ、それは"黒薔薇公"の抑えが代々の王の望みだからです。そして、"黒薔薇公"は亜人の中でも魔人と呼ばれる長命種であり、彼に関してはほとんど不老不死です」


 ほとんど、とは随分と含みのある言い方である。


 ミュールも訝しんで首を傾げる。

「ほとんど……?」

「はぁ、生物である以上、死は必然ですが、彼の殺し方、寿命を知る者は誰一人としておりません。ポトム王国の建国時には既に存在していたと思しき資料さえあります。ゆえに、ほとんど不老不死と表現しました。そして、それゆえに王の願いが、果たされることはないであろうから、彼女には半分の五十点を上げました」


 それほど長い間、王国を脅かし続ける未曾有の存在。

 大河を挟んでポトム王国の南に隣接するフロス公国。

 その頂点に君臨する三人の公主のうちの一人、通称"黒薔薇公"。


 ポトム王国だけでも、彼と刃を合わせて散っていった者の数は数え切れない。


 史実では眷属を率いて大陸を席捲。

 その実力は文字通り一騎当千、万夫不当。

 戦場を駆け抜けた怪物は、あわやポトム王国滅亡どころか、大陸制覇に王手をかけたほどであった。

 しかし、その後は公国を治める三人の公主のうち二人が、ポトム王国の奇襲で討ち取られたことにより生じた公国の内乱と、それに乗じた当時の国家と民族を超えた大陸連合の反攻により、時代を経て、今の小国に落ち着いていた。


 討ち取られた二人の公主の後継者たちと共に、今もなおフロス公国に君臨する存在――それが黒薔薇公。

 四門の一角――アップルトンが治めるポトム王国の南部と、大河越しに隣接するフロス公国の公主を抑えることは、王国にとって至上の命題であった。


 その中で生み出された施策の一つが、勇者システムである。


「皆さんも今まで一度は勇者の伝説、伝記を目に、耳にしたことがあると思います。思い出してください。そのお話で勇者はいつから勇者と呼ばれていましたか? 勇気を見せたときからですか? その能力からですか? その業績からですか? 違いますよね。王に認められたからですよね。つまり、勇者とは、王より与えられる称号なのです」


 "黒薔薇公"に限らず、ある種の超越者たちの前には、数は意味をなさない。

 物量作戦はいたずらに人員を、ひいては国力を低下させるばかりである。そのため、フロス王国との戦時中に追い詰められたポトム王国の国王は一計を案じた。


「はぁ、これもまたいい機会なので、さっそく授業をはじめましょう……。最初の授業は勇者の歴史、です――」


 アドニスの覇気のない口から語られるは、王国における勇者の歴史。


 厳しい審査を乗り越え、国王が認めた人物に、"勇者"の称号と共に特権を与えるシステム――それこそが勇者システム。


 その始まりはフロス公国によりポトム王国が滅亡の危機に瀕していたときであった、

 時の王女の発案にて、王国中から集められた少人数の精鋭によって結成されたパーティー。

 王命でフロス公国の三大公主の奇襲の命を受けた彼らは、最終的に、そのうちの二大公主を討ち取ることに成功した。

 "黒薔薇公"こそ討ち取ることは叶わなかったものの、二大公主の殺害がその後の公国内の内紛に繋がった。

 公国を治める二大公主の殺害は大陸連合による大反攻に繋がり、その結果として王国は滅亡を免れることができた。

 

 フロス公国との戦後に王位を継いだのは、王族ながら王女発案のパーティーに参加していた一人の王子であった。

 数いる側室の一人の子として生まれた王子。

 王位継承権こそ持つが、その継承順位は末端も末端。

 本来であれば王位を継ぐことは到底不可能であった。

 しかし、王国を救った勇者パーティーという功績により、上位継承権を持つ王子たちを押しのけて王位を継承することになった。


 王子は新王に即位すると、まず同じパーティーのリーダーであった魔法騎士に"勇者"という称号を正式に与え、パーティーの発案者である王女を下賜した。

 また、生き残った四人のパーティーメンバーにはそれぞれ爵位を与えた。


 次に、勇者特権と呼ばれる特別な権利を制定した。

 国王が認めたパーティーは国王の代理人みなす、という超法規的措置である。

 これには王国内での不逮捕特権、私闘の許可、押収権が含まれた。


 この新法は貴族の既得権益を大きく脅かすものであった。

 その影響はというと、当時の諸侯のほとんどが新王に反抗の意を示したほどであった。


 新王はそれらの反抗に対して、勇者をはじめとする四人のパーティーメンバーをもって武力で対応した。

 これにより、それまでの主だった貴族は粛清、解体されることとなった。


 皮肉なことに王国を救った力で、王国の中枢は刷新さっしんされたのである。


 新王は四人のパーティーメンバーに空いた権力の椅子と、信頼できる他国の抑えとして王国の四方の領地を分配。


 これが後に四門と呼ばれる派閥の始まりであった。


 その後、新王の後を継いだ次代の王の治世では、カーヴェア学園で、国王の剣となる勇者を育成するべく、勇者科を設立した。

 この頃には既に四門は国王の剣とするには、彼らは我欲を持ちすぎていたのだ。


 勇者となった者は、勇者である限りそのすべてを国王に捧げなければならない。


 勇者システムの制定から幾星霜。

 当代の王の下では、既に六人の勇者がその名を大陸に轟かせていた。


 名君とのほまれ高い当代の国王は穏健派。

 王位継承後の数々の戦争危機を、その政治力とカリスマ性で乗り切っていた。

 その結果、ポトム王国の国力は歴代随一と言っていいほどの高い水準で安定し、王国は飛躍的に豊かになった。

 国王が老齢に差し掛かった近年では、次代を見据えて因縁あるフロス公国との融和策を模索するほどに、王は従来の武断統治を好ましく思っていなかった。


「――そして、当代の王は政治的な観点からこれ以上の勇者を欲しておりません。ゆえに、あなたたちは勇者にはなれないでしょう」

 と話を締めくくった。


「でも、ぼくはなるからねッ!!」

「……はぁ、私の話、きちんと聞いていました? まぁ、思うのは勝手ですので……」


 続けてシトラスは元気に質問を投げかける。

「先生ッ! 一つ質問よろしいですか?」


 なんでしょうと、力なく答えるアドニスに、

「アドニス先生は勇者なんでしょうか?」


 コイツは何言っているんだと言うミュールの視線。

 教壇に立つ中肉中背の冴えない中年男性を掴まえて勇者か、なんて。


「……。はぁ……かつてそう呼ばれていた時期がありました」

 

 長い沈黙の後、アドニスは寂しそうに眼を伏せて、ただそう答えるのであった。


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