第3話 本日のお遊び、終了
「追いついたぞ、お前ら!」
「「うわっ⁉」」
ルセットを眺めどう使うか算段を立てるスーリアと、次は何の道具を使うか思案していたイザヤの箒のスピードは、思考につられてやや遅くなっていたらしい。チーターの如く静かに素早く距離を詰めたアーサーが、二人の背中に手を回した。
大型犬が飼い主にじゃれつくように飛びついたアーサーに、二人が慌ててバランスを取る。
箒の勢いが削がれ、三人はふらふらと床に着地した。
すかさずアーサーを引き離し、二人はスタスタと歩き出した。今更理性が働きだしたのか、競歩のように足を素早く交互に動かし、辛うじて歩いている、という状態である。
「あ、ずるいぞ! ……あ」
歩き出したところでまた言い争いを始めたのか、お互いしか目に入っていない様子の二人が身振り手振りで何事かを言い募っている。
故に前方不注意で、アーサーが気付けたことに気が付かなかった。
「絶対にリストリア法則の方が美しいだろ」
「いーや、アドラーの法則の方が完璧で綺麗だね」
「全く。君たちときたら毎夜毎夜ご苦労なことだな」
彼らが再び懐から杖を取り出したところで、重厚感のある声が呆れの色を含んでその場に響く。
前方に顔を向けたスーリアがげぇ、と嫌そうに眉を顰めた。
撫でつけた灰色の髪が見る者に厳格な印象を与える、歴史学教師のテオドール=ジャスパーだ。
見た目に違わず厳格なこの教師は、不良だらけのクィーンロゼ生の大半に怯えられる存在であった。ついでに言えば、悪戯好きで未だ反抗期真っ盛りなスーリアとは極端に相性が悪い。
スーリアとイザヤはお互いを目だけで見つめ合うと、そっくりな仕草でアーサーを仰いだ。すると曖昧な笑みを浮かべたまま小さく頷かれる。
なるほど、どうやら目の前にいるこの教師は本物らしい。
(今日の遊びはこれにて終了か)
(毎回この終わり方はつまんねぇな……)
(さっさと帰って寝たい)
上からアーサー、スーリア、イザヤだ。
そして御覧の通り、反省の色はゼロである。
「さて。現実逃避は終わったかな、我が校の問題児」
ぎらり、イーグルアイが細まって三人を写す。
小さく舌打ちをしたスーリアが、可愛らしい愛想笑いを浮かべた。
「ジャスパー先生、そろそろ諦めたら如何ですか? 生徒たちだってこのイベントを楽しんでいるじゃないですか。魔法の勉強へのモチベも上がっていますし、ちっとも問題ないと思いますけど?」
「だからと言って、君たちが毎晩そう騒いで良い理由にはならないと思うがね。生徒たちに悪影響になるだろう」
「悪影響、ね? アーティ、イザヤ、生徒たちが私たちの真似して問題起こしたって話聞いたことある?」
「……いいや?」
「負けん気に火が着く子はいますけどね」
ことりと小首を傾げたスーリアが後ろに尋ねるも、彼らは彼女と同じように不思議そうに首を捻るだけだった。
「反省の色はなしか……」
頭が痛いと目を瞑り眉間を抑えるジャスパーを他所に、三人はじりじりとその足を後ろに向けた。無論、このまま帰って処分を有耶無耶してしまおう、という魂胆である。
一人は箒を、一人は杖を、一人は呪文を、と動こうとした三人を、今日一番の深いため息が止めた。
話はまだ終わっていないぞ、と無言の圧がかかったそれに、あからさまに三人の表情ががっかりしたそれに変わる。
その顔を見れば、ドラゴンだって頭を抱えたくなるだろう。こんなのが教師とは、世も末である。
「とにかく、反省文は三日以内に提出すること。映画のレビュー、料理のレシピで字数を稼ぐことは許可しない。魔法の羽根ペンでの代筆も認めない。自分の言葉で、自分の手で書くこと。いいな?」
「「「……はーい」」」
「返事は伸ばすな。それから、各自ペナルティを用意するので、それも期日までに済ませておくように」
「「「……はい」」」
「よろしい。では、速やかに部屋へ戻れ」
聞き分けのない子どもたちに言い聞かせるような声音でそう言い含めた途端、脱兎の如く三人の姿が見えなくなった。
一人は箒で、一人は杖を、一人は呪文を。
それぞれ得意な魔法を使って逃げたした彼らはこの学園の誰よりも子どもで、大人げない。
一瞬で見えなくなった三人の姿を思い浮かべ、初老の教師は窓から月を見上げた。
(全く本当に、あの問題児たちは幾つになっても子どものままだな)
窓に写った彼の口許は、ほんの少しの微笑が滲んでいた。
クィーンロゼの問題児 綴音リコ @Tuzurine0406
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