第31話 天界と天人と交渉
「全く。余計な真似をせず大人しくしていれば、穏便に事を済ませられたと言うのに…」
光が収まり、気が付くと私は少し前に訪れた場所…天界に居た。
そして、私に話しかけてきているのはその時私の持ち物検査をした男性。
困った顔で首をふる男性に、噛み付くように牙を見せるフウカさん。
それを木仙さんが抑えると、何処からともなく剣を取り出して毛を逆立てながら私達の前に出る。
「おい前座。尻尾を巻いて逃げるなら殺さないでおいてやる。今すぐ失せろ」
「生憎と、今回ばかりはそうもいかない。何処ぞの獣が結界を破壊したせいで天界の役人は大忙しだ。俺みたいな奴が貴様の相手をしなければならないくらいには、な?」
…怖い。
今まで戦争とか殺し合いとか、そう言うのとは無縁の場所で生きてきた私でもわかる。
今両者の間には強い殺気がぶつかり合ってる。
火花が散っていそうなほど激しくぶつかり合う殺気は、私でもそれがわかるほどで思わず体が震えてしまう。
それに気付いたフウカさんが、私のことを抱きしめて守ってくれた。
「…大丈夫なの?」
「ええ。ばあやが居れば私達が害される心配はありませんよ。結界の破壊が思いの外効いているようですね」
フウカさん達がこっちに来るために破壊した結界。
もしかすると、フウカさん以外の妖怪も人間界に来ようとして、天界の戦力がそっちに削がれているのかもしれない。
結果的に良かったとは言え…天界からすればとんだ迷惑だろうね。
その話を聞いて少し安心できた――のもつかの間。
フウカさんが警戒心を強め、後ろに振り向いて唸りだした。
見ると、そこには顔を紙で隠した巫女服姿の女性がいる。
あの人も天界の人なのかな?
「木仙。やってくれたな?余計な仕事を増やしやがって…せっかく貴様らの為に上に取り合っていたと言うのに」
「それは悪いことをしたの。
「…その結果がこれか?笑止。貴様がその頭の緩い姫を甘やかしているだけだろう」
…めちゃくちゃ口悪いじゃんこの人。
紙で顔が隠れてるのに、ずーっとこっちを睨まれている気がして落ち着かな―――
「ひっ!?」
「させんぞ刹羅。フウカ様に手出し出来ると思うな」
気がつけば目の前に居た巫女服の女性の剣が、木仙さんの剣によって抑えられる。
巫女服の女性は両手で剣を持っているのに対し、木仙さんは片手。
しかも、もう片方の手は男性の方に向けられていて、何かの神通力で男性を抑えることに使われている。
「貴様を放置すると何をされるか分かったものではない。拘束してから審判を下す事となっている」
「ほう…?処刑ではないと?」
「秋姫を処刑すれば狐の王が黙っては居ない。まさか、貴様らは天界と戦争を望んでいるのか?」
どんどん話が物騒な方向へ進んでいく。
しかも、キョロキョロ見渡してたら次々と人が集まってきているのが見えた。
全員武装していて、こちらに殺意を向けてきている。
「天人をこれだけ連れて来るとは……本気じゃな…」
「当たり前だ。…最後の忠告をしておこう」
「いらん」
「……残念だ」
木仙さんは話し合いをするつもりは毛頭ないらしい。
そして、本気の戦闘モードに入る。
力を解放したからなのか、体が大きくなったように錯覚し、木仙さんの力の強大さを実感した。
誰も動かない。
1人でもピクリと動けば戦闘が始まる。
その緊迫感で息が詰まる。
「…フウカさん」
「大丈夫です。……サユリさん。少し力を貸してもらえますか?」
「はい…」
なんとか話し合いで解決したい。
そんな私の考えを読んだのか、フウカさんが私に微笑みかけてくれた。
私と手を繫ぎなおすと、私の中にある何かを引っ張り出す。
それがなんなのか私には分からないけど…とても重要な何かの準備をしているように見える。
そんな事を考えていると、凄まじい轟音が鳴り響いた。
音のする方を見ると……もう何が起こっているのか分からない。
バトル漫画の一般人になったような気分で、木仙さんと天人の戦闘を見守るしかない。
巻き添えを食らうのが恐ろしくてフウカさんに抱きつくと、優しく抱擁して守ってくれる。
その間も私の中から何かを引っ張り出しているフウカさん。
そして…
「では、サユリさんのお望み通りに」
「えっ?」
「“全員。その場で膝をつきなさい”」
フウカさんが突然変なことを言い出した。
しかし、次の瞬間何度も何度も響いていた轟音が突然止まる。
見渡すと、木仙さん含め私達以外の全員が膝をついて動けない状況になっていた。
「“私は話し合いを望む。戦闘は許さない”」
その言葉に身体の拘束は解除された。
しかし、それと同時に全員の武器が強制的に手から弾かれ、殺気が消えた。
「デタラメな…!」
武器を奪われた天人の1人が忌々しそうにそう呟く。
確かにデタラメな力だ。
天人が異様にフウカさんたちを警戒する理由はこれか…
「私の処遇を決める者は何処にいるのです?早く呼び出しなさい」
『その必要は無い』
「……最初から出てきていれば良いものを」
頭の中に声が響き、思わずフウカさんにしがみつく。
周囲を見渡すと、さっきまで誰も居なかった場所に仙人のような男性が立っている。
しかもその圧はかなり強く、木仙さんの次ぐらいに強い。
「仙狐の力も無効化するとはな…まさか、自分の力だけで対抗するつもりじゃないだろうな?」
「私は、あなた方がどのような判断をするのかを知りたいだけ。もし私とサユリさんを引き離すと言うのなら…」
私の手を強く握るフウカさん。
私の中の何かをごっそり持っていくと、木仙さんに匹敵する圧を放ちだした。
「天界を焦土にしてでも花嫁を連れ帰る」
そう言って、大量の狐火を出すフウカさん。
仙人のような男性はそれをじっと見つめた後、私にも目を向けてくる。
そして、目を始めて何か考える素振りを見せた。
「ふむ…その娘が神通力を助けているのか……暴れさせれば手がつけられんな」
「で?ならどうするの?」
「まあ待て。まず貴様らのした事について清算していこう。まず無許可の侵入が7件、人間への能力行使が4件、そして人間への不正契約に、強奪した宝物の無許可譲渡。さらには行き来を制限する結界の破壊。コレを聞いて、何処までの罰が妥当であると考える?」
結構色々やってるね、この人達。
天界からすればめちゃくちゃな犯罪者なわけだけど……全部私のためにやった事だから何も言えない。
…不正契約は別としてね?
「……1000年の封印処分。或いは契約の強制破棄及び契約権の没収」
「そうだな。まあ、それが妥当であろう」
1000年の封印…懲役何年みたいなものかな?
契約の強制破棄はいいとして、契約権の没収ってなに?
「婚姻の契のような、契約系の力が使えなくなる罰ですよ。これをされると、私はもう嫁の貰い手が完全になくなります」
「うわぁ…」
中々に厳しい処罰だ。
でも、やった事を考えるとなぁ…
フウカさん達のしたことを日本での犯罪に置き換えると…まず詐欺でしょ?不法侵入、能力行使は…まあ意味が違うけど暴行罪って事にしよう。
盗品の譲渡に、最もヤバイ罪として…例えるなら日本最大の刑務所の破壊とか?
最悪終身刑ものじゃない?
数万年生きるフウカさん達からしてみればたかが1000年だろうし、契約権の没収は…まあ独り身でも生きてはいけるし問題なし。
そう考えたら優しいくらいなのかな?
「どの罰も受け入れられませんね。何とかなかったことにはなりませんか?」
「出来ることならやっているさ。だが事が事だ。こちらでもみ消すこともできない」
…流石に人間界と霊界の行き来を制限する結界を破壊したとなれば、もみ消しとか隠蔽も無理だろうからね。
じゃあ罰から逃れることは出来ないと…
「情状酌量も、その様子では難しいだろう。もしこれを覆したいのなら貴様らの毛嫌いする我らの主に直接許しを請うといい。まあ、無駄だろうがな」
「なるほど。『天』への直談判ですか…その手がありましたね」
「……まさか本気で言っているわけじゃないだろうな?」
……仙人っぽい人めっちゃ困ってるよ?
というか、ドン引きしてない?
こいつマジで言ってる?みたいな感じ。
…まさかと思うけど、本気で『天』とか言う…おそらく神様相手に直談判しに行くわけじゃないよね?
「“境界の鏡よ。我が手の内に”」
フウカさんがそう言った瞬間、家に置いてきた境界の鏡が出現する。
そして、フウカさんは木仙さんに掛かっている拘束を解除すると、また私の中から何かを引っ張りだす。
それを使って神通力を強化し、境界の鏡を使用した。
転移によって一瞬にして風景が変わり…私達がやってきた場所は何もない真っ白な空間だった。
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