第251話 遷都式2、ハルネシア
遷都式予定日の5日前の早朝。
留守の間のことは行政庁に任せて、遷都式の行なわれる新王都ハルネシアに向かった。
もちろんウーマに乗ったままでの移動だ。
ツェントルムからの距離は700キロほど。通常なら丸1日ちょっとの距離だ。そう考えると結構近い。
ただ、昼間の街道の移動は時速30キロは厳しいので、到着は明日の昼ごろになると思う。
オストリンデンまでの街道上で、ハルネシアまでの移動時間についてみんなに説明したところ。
「思った以上にハルネシアって近かったわね」
「3日で往復できるんですものね」
「とにかく、寝ててもちゃんと目的地に向かって進んでくれるのが有難いよな」
「そういえば、ブルゲンオイストの近くを通るから、どうせならあの店に寄って行かない?」
「それはいいですね」
「さんせいー!」こういう時だけドーラは元気だ。
オストリンデンからは街道上に荷馬車の行き来があり、ウーマの移動速度はグッと落ちた。日が暮れるまではこの調子だろう。
あの店に行こうと意気込んでいたのだが、ブルゲンオイストの市街に到着したのは夜の8時だった。
「この時間じゃ、開いてないわよね」
「だな。
仕方ないから帰りにでも寄るか」
「そうね」
「残念ですが、そうしましょう」
「ハルネシアに似たようなお店があればいいよね!」
「そういう考え方もあったわね。さすがはドーラちゃん。
ハルネシアで見つけましょ」
「「さんせいー!」」
立ち直りが早いことはいいことだ。
ブルゲンオイストを通過してそのままウーマはゲルタに到着した。時刻は夜の9時。
ゲルタの東門は閉まっていたが、城壁の上の衛兵に向かって大声で名まえを告げて、開けてくれ。と、言ったらすぐに門を開けてくれた。
ウーマに乗ったままではゲルタの中を通過でないので、全員ウーマから降り、ウーマはキューブに収納して、そろって門の中に入っていったところ、10人ほどだったが衛兵たちが直立して俺たちを迎えてくれた。
俺たちは簡単に礼を言ってゲルタを横断している通路を歩いて行き、既に開け放たれていた西門を抜けてウーマに乗り込んだ。
「衛兵たち、どうしたのかな?」
「大軍が攻めて来た時全滅させたじゃない。それで、わたしたちのことを尊敬してるのよ」
確かに、そういうことって有るよな。
俺たちがいなければ、ほとんど戦死してたんだろうし。
それをちゃんと覚えてくれていたことは素直にうれしいぞ。
城塞都市ゲルタを過ぎれば次の大きな都市は父さんのゾーイだが、どうせ父さんはもうハルネシアに向かっているだろうし、深夜なのでそのまま通過することにして俺たちはベッドに入った。
見張りはペラでもよかったが、久しぶりにリンガレングをスリット前に出して見張りを任せた。
相変わらずリンガレングはキューブから出ると妙な口上を口走るのだが、俺以外理解できない内容なのでみんな無視している。ちょっとだけかわいそうかも?
ドネスコとフリシアからの侵攻を受け崩壊した旧軍の兵隊たちがゲルタ以西の各所で野盗化して街道の往来は危険だった時期があったが、今はそういった連中はほとんど捕まったかよその国に流れて、かなり安全になっているそうだ。
そして、翌日11時。
ハルネシアの市街入り口にウーマは到着した。
装備一式を身に着けた俺たちはウーマから降り、ウーマをキューブにしまってから市街に入っていった。
ちなみに、ドーラの防具はワイバーンの革製で、エルフの里で作ってもらったものだ。色はこげ茶だが、俺の黒に近いこげ茶と比べるとやや明るい感じがする。
ドーラの杖もエルフの里製の杖に変わっている。木製は木製なのだが黒光りしていて以前の杖と比べかなり重い。ドーラはその杖を軽々と扱っている。ドーラが訓練で杖を振り回している時、口元が薄っすら緩んでいるのである意味怖い。
ハルネシアはドネスコとフリシアによって占領されていた当時かなり人口が流出したはずだが、市内にはそういった痕跡は全くなかった。今は元の人口に戻っているのだろう。
大通りには荷馬車や箱馬車が行きかい、かなりの人が通りの両側を歩いている。
遷都式の飾り付けらしく、通りに面した建物にはヨルマン王家の旗らしきものが取り付けられてはためいていた。
そんな中を完全武装した俺たちが歩いていくわけで、相当注目を浴びてしまった。
とうとう警備兵に職質されてしまった。身分を示すものなどいつも通り何もなかったが、俺が「エドモンド・ライネッケだ」と名乗ったら平身低頭して去っていった。
真っ黒ではないが黒づくめの俺と白づくめのエリカが並んでいれば、実物を見たことなくても察しがつくということなのだろう。と、考えると、偽物も現れそうだが、ちゃんとした装備でなければすぐにばれてしまうわけで、ちゃんとした装備を持つ者、持てる者がわざわざ人さまをまねてコスプレをするはずないので大した問題ではないはず。
「甘いものをいただける店を聞いてみます」と、言ってケイちゃんが道行く人を捉まえて道を聞いてくれた。
「いい店があるみたいです」
いつものように店の場所を聞いてくれたケイちゃんの後について歩いていたら、大通りの先に王城の城壁も見えてきた。それなりに立派な城壁に見えたが、城壁はゲルタ城塞ほど高くはなくせいぜい5メートルほどだった。籠城して抗戦すれば市街は破壊されるだろうし、王族たちが籠ることなく逃げ出したのはうなずける。実際は何も考えずにただ逃げ出しただけかもしれないが、結果的には良い判断だったのだろう。
などと考えていたら、店の前に到着した。
時刻が時刻なので席が埋まっているかもしれないと思っていたのが、店の中に入ったところ、4人席と2人席が並んで空いていた。いつも通り、席が空くのを待たずに済んだ。
テーブルをくっつけて5人で座り、メニューを見たところ、ブルゲンオイストのアノ店のメニューそっくりだった。
昼食時なので軽食を頼もうかと言ったら、ペラにまで反対されてしまった。
それで結局各自でお茶と一緒に好みのスィーツを注文した。
「ひょっとして姉妹店なのかな?」
「こっちの方が大きいからここが本店で、あっちが支店だったのかも?」
「そうかもな。ツェントルムに出店してもらいたいけど、材料とかの流通がしっかりしていないと店の出しようもないから、厳しいだろうな」
「うちのお父さんに、この系統の材料の調達を頼んでみようか?」
「できればありがたいけど、難しくないかな?」
「ダメもとだし。エドモンド・ライネッケ侯爵の頼みだと言えば真面目に探してくれるはずよ」
「あまりお父さんをコキ使わない方がいいんじゃないか?」
「娘に頼られるのは父親としてうれしいものなの」
エリカが分かったようなことを言う。
10分ほど待っていたら注文したものがテーブルの上に並べられた。
「「いただきます」」
そろっての『いただきます』が他の客の注目を浴びてしまったが、無視、無視。
「「おいしーーーー!」」
さらに注目を浴びてしまった。
俺たちはヘルメットと手袋を外し剣帯も外しているのだが、革鎧を身に着けているわけで、はっきり言って場違いではある。
俺たちが『おいしい』を連発しながらスィーツを食べていたら、隣のテーブルの男一人に女二人のひそひそ声が耳に入ってきた。
『どこの田舎から出てきたのかしら?』
『鎧を着てこういった店に入って来るってどういう神経してるのかしら? もしかして野蛮人じゃない?』
『野蛮人は言い過ぎかもしれないけど、田舎者は確かよね』
『ちょっと待て。男一人に女4人。男の鎧は黒くて、女のうち一人の鎧は真っ白。
一人だけ若いが残りは二十歳くらい。もしかして!?』
『まさか?』
『まさかじゃなくて荷物の上に置かれた剣を見て見ろ。男の剣の鞘は真っ黒、白い鎧を着た女の剣は2本でどれも真っ白な鞘。どう見ても本物だそあれは』
『うぇ! わたしたちものすごく失礼なこと言っちゃった?』
『相手は侯爵閣下以下全員貴族さまだ。ただじゃ済まないかもしれないぞ』
『『うぇーーーー!!!』』
それくらいのことじゃ怒らないから、ゆっくり皿の上のものを食べてくれ。と、思っていたんだが、そこでドーラがこれ見よがしに咳払いをした。そしたら、3人組は食器を置いて早々に店から退散してしまった。
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