第236話 フリシア2。ハルネシア解放作戦


 ヘルムスの軍船全滅の第1報は早馬によって襲撃の翌日昼過ぎ、フリシアの王都フリシアンの王城に届けられた。


 その報に接したフリシア国王エリクセン1世は直ちに重臣を集めて会議を催した。


「どこから襲撃を受けたかも分からないとは。

 ヨルマンに向かわせたドロイセンとの連合軍は跡形もなく消えてしまうし、海からヨルマンに上陸して領都に攻め上がったはずの兵は降伏してしまうし。

 挟撃するつもりでわが方に呼応してヨルマンに向かう途中のドロイセン艦隊も陸兵もろとも全滅したというし」

「ヨルマンから買い戻した者たちの話ですと、巨大なカメの上に立つ人物に操られた巨大なクモのモンスターにより部隊はなすすべなく蹂躙されやむなく降伏したとのこと。そのクモを操っていた人物は、15、6歳に見えたということです」


「……。にわかには信じられない話だが、帰ってきた者たちが口裏を合わせているということはあるまいな」

「信用のおける者たちですのでそのようなことはないと思います」

「確かにタダの敵になすすべなく全滅する方が不自然と言えば不自然か」

「先のドネスコの艦隊が消失したことでドネスコもヨーネフリッツ方面への軍船派遣は困難になっていると考えられます。結果としてヨーネフリッツの南大洋沿岸をヨーネフリッツの船が自由に往来できるようになっているようです。

 また、今回わが方の軍船が多数失われたことにより、ヨーネフリッツの方面への軍船派遣が困難になります。その結果、ヨーネフリッツの北大洋沿岸もヨーネフリッツの船が自由に往来できるようになるでしょう」

「そう考えると、今回のヘルムスでわが方の軍船が全滅したことを含め一連の出来事はヨルマン、いや新ヨーネフリッツのモンスターを操る怪人がなしたと考えるのが妥当ということか」

「御意」

「しかも、そのモンスターに対してわが方は手も足も出ない。

 それでわが国はどうすればいい?」

「今度は港だけでなく陸兵の駐屯地が狙われるかもしれません。これ以上軍が消耗してしまうと国の備えが立ちいかなくなります」

「分かっている。このフリシアンでさえ襲われかねない。

 ヨーネフリッツから手を引くしかあるまい。先般の捕虜の値段も法外ではなかったし、捕虜への扱いも不当ではなかったという話から考えると、ヨーネフリッツから手を引けば手打ちも可能かもしれん」

「御意」

「ただ、ドロイセンとのヨーネフリッツ分け取りの取り決めはこちらから誘った話でもあるし勝手にわが方だけヨーネフリッツから手を引くわけにはいくまい。

 ドロイセンの大使を至急呼んでくれ」

「かしこまりました。

 ハルネシアからの撤退は早めに行わないと、新ヨーネフリッツが奪還作戦を始めるかも知れません。そうなれば例のモンスターが現れ、兵はなすすべなく蹂躙じゅうりんされてしまいます」

「分かった。ドロイセンの大使にはうまく説明するが、本国との通信の行き来に1カ月はかかる。わが方単独でも速やかに撤退できるようハルネシアのわが軍に至急伝えておいてくれ」

「御意」


「それはそうと、ヘルムス港は使えるのか?」

「港に多数の船が沈んでいるため、港湾機能も著しく低下しています」

「沈船はそこまで深いところに沈んではいないのであろう? 引き上げられないのか?

「干潮時を見計らって引き上げられるかもしれませんが、容易ではないと思われます」

「引き上げが無理なら、船の運航に支障のないよう片付けられないか?」

「沈船の解体は水中での作業となり容易ではありませんので、時間はかかると思われます」

「なるべく早く復旧させてくれ」

「はっ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 父さんとシュミットさんはまた軍に引き留められ、ハルネシア解放作戦に参加するという。

 先ほどヘプナー伯爵に報告に行った時にはハルネシア解放の話は何もなかったのだが、ライネッケ遊撃隊は参加しないでいいのだろうか?


「父さん。ハルネシアに敵は1万はいるという話だったけれど、何とかできる目途が立った?」

「ああ。先日のオルクセンの件で周辺の領主が恭順の使者を送ってきたそうだ。

 身分の保証と引き換えに、その領主たちから兵と食料などを供出させることで新国軍と合わせて2万の兵の目途が立ったらしい。2万で臨めばハルネシアから追い出すことも可能だろう」

 ハルシオン解放前からヨーネフリッツこっちになびいて来たか。こういったことは早ければ早いほど高評価なのは常識だから、これから先もどんどん増えていくんじゃないか?


 しかし、オルクセン周辺の領主たちの領軍ということはよくてオルクセン領軍並み。そんなのがはたして戦の役に立つのだろうか? 相手の練度は低くないぞ。


「父さん、オルクセンの兵隊並みの兵隊が役に立つの?」

「連中、勝ち戦のときだけは強いんだ」

「なるほど。負け始めたら大負けするって事?」

「だから、負け始めないようにしないといけない」

「大丈夫?」

「お前たちが後ろについている。と、嘘でもいいから言っておけば何とかなるだろ」

 士気というのは、実際そういうものかもしれない。


「お前たちは、作戦帰りなんだからしばらく休んでいいんだろ?」

「十分英気を養ってくれ。ってヘプナー伯爵に言われたから、そうじゃないかな」

「こんどのことは俺たちに任せてくれて大丈夫だからしっかり休んでおけ」

「うん。それじゃあ父さん」

「ああ」



 駐屯地から倉庫への帰り道。


「ねえエド。わたしたちにハルネシアの件でお呼びがかかっていないってちょっと変じゃない?」

「いつも俺たちが働いているから、休ませるってわけじゃないだろうしな。現に父さんはオルクセンから帰ってきてすぐに働いているようだし」

「なにか裏があるのかな?」

「わたしたちが活躍しすぎると誰かが困る。とか、ないでしょうか?」

 そういうドロドロしたのって、創作の中にはよくあるけれど、まさか俺たちがその対象になるかなー?

「つまり、俺たちによって地位を脅かされる人間がいて、その人物が俺たちが動かないよう働きかけている。ということ?」

「はい。そんな感じです」

「だけど、俺たちの活躍で地位を脅かされるって、ヘプナー伯爵しかいないと思うけど、ヘプナー伯爵がそういったことをするとは思えないけどなー」

「いずれヘプナー伯爵は引退するでょうし、そうなればエドが軍のトップです。しかも圧倒的な実績を持っての昇格です。そのころにはエドは侯爵に成っているでしょう」

「うん。そうかもしれないなー」

「つまり、その気になれば宰相の地位も手に入るのではないでしょうか?」

「そうかもしれないけれど、俺が宰相になったとして、今の宰相とか国の重臣はそのころにはみんな引退してるんじゃないか?」

「引退すれば、自分の子を後釜に据えたくなるのが人情です」

「なるほど。

 理屈は分かったけど、それじゃあ俺たちはどう動けばいい?」

「動きようはありませんから、いつものように流れに身を任せておくだけでうまくいくはずです」

「つまり、行き当たりばったり?」

「はい。でも、これからはわたしたちの動きを良く思っていない者たちがいることを前提に行動した方がいいと思います」

「具体的にどうすればいいってものじゃないけれど、そういう意識を持っていれば何か見えてくるかもしれないってことか」

「はい。

 あともう一点は、なにもわたしたちがヨーネフリッツこのくにに縛られる必要はないということです」

「たしかに。もうお金は有り余るほど持っているわけだし、爵位からもらえる年金を断るだけの話だし。ライネッケ遊撃隊だけが心残りだけど、それはそれだし」


 将来面倒ごとが起きたとして、ダンジョンの中に潜ってしまってしがらみから完全に遠ざかることも可能だ。しかし、俺は青き夜明けの神ミスル・シャフーの使徒だから、ボクシングではないが世界統一って使命があるんだよなー。

 そのためには今のところ後ろ盾がないと何もできないしなー。


「今の王さまがいるうちくらいはおとなしくしてたほうがいいんじゃないか?」

「そのあたりはエド次第です」


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