第197話 カール・ライネッケ12。傭兵団11
こちらはエドモンドの父親カール・ライネッケ。カールの率いるヨルマン領軍派遣隊第1、500人隊と輜重隊は、午前8時ごろ、部隊は野営地を離れゲルタに向けて出発した。部隊の現在、ゲルタにあと半日の位置にいた。
ゲルタが近づいてきたこともあり、部隊の兵隊たちの足取りも軽いようで何より。と、カールが馬上で考えていた矢先。一瞬だけ空が明るくなったと思ったら南南東の方向に妙な形の雲が沸き上がるのが見えた。その後しばらくして遠雷の轟のようなものが一度だけ聞こえてきた。
馬上のカールに副官のヨゼフが、
「隊長、変な形の雲が急に湧いてきましたが、ゲルタで何かあったんでしょうか?」
「それは分からないが、さすがにゲルタから雲が上ることはないんじゃないか?」
「そうなんでしょうけど、ちょっと心配じゃないですか?」
「物見を出した方がいいか?」
「あの雲はどうでもいいですが、もし敵がヨルマン領を攻め取ろうとしてたら、向うは本街道を進んでるんでしょうから、そろそろゲルタに到着しててもおかしくありませんよ。城攻めの最中にわたしたちがひょっこり現れたらまずくないですか?」
「こっちが騎馬隊なら敵の後背から襲撃も可能だが、歩兵しかいない俺たちじゃ話にならないから近づかない方がいいだろう。ここまで帰ってきて、最後に痛い目に遭いたくはない。慎重にいって悪いことはないからな」
「それでは物見を出します」
「ゲルタ前に敵がいるかいないか見てくるだけでいいからな」
「はい」
カールの指示を受けたヨゼフが、後ろに続く第1、100人隊の隊長にひとこと、ふたこと告げ、100人隊長は部下から物見として2名選抜した。
彼らは駆け足で馬上のカールを追い抜いてそのまま街道をゲルタ方面に駆けて行った。
物見を出した後、部隊は変わらぬ速さで行軍を続け10時の小休止に入った。ゲルタまではあと10キロだ。
「もし敵が城攻め中だったらどうします? われわれ帰れませんよ」
「夜陰に乗じてゲルタに入るしかないだろうが、はたして城門を開けてれるか難しいだろうな」
「困りましたね」
「確かに、困るな」
そういった会話をしていたところ、物見の二人が部隊に帰ってきた。
「ゲルタ城塞前には敵はおらず、城塞の西門も開いていました」
「そうか。ご苦労」
「あと、城壁上の守備隊兵士に、派遣隊第1、500人隊の帰還を知らせてきました」
「よく気が利いたな。ありがとう」
「はい」
「これで一安心だ」
「そうですね。敵が攻めてくるかもしれないというのは取り越し苦労だったようですね」
「そういったものは取り越し苦労に越したことはないだろう。
物見も帰ってきたばかりだからもう少し休もう。それから出発だ」
「はい」
普段より10分ほど長い小休止のあと、部隊は移動を再開した。
街道は左手の山並みに沿って少しずつ左手、東方向に曲がっている。部隊がさらに進み曲がりを抜けた先にゲルタ城塞が見えてきた。
「ヨゼフ、なんだか変な臭いがしないか?」
「そうですね。肉が焼ける臭いのような」
「これは焼けるというより焦がした臭いじゃないか。いずれにせよどうしたんだろうな?」
「昼時ですし。わたしたちの歓迎のために守備隊で大量に肉を焼いてくれているとか?」
「それならありがたいけど焦げてない肉のほうがありがたかったな。少なくとも今日は酒が飲める」
「ですね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
敵軍を文字通り殲滅した俺たちは、城壁から宿屋に戻り装備を外して普段着姿になった。
「リンガレングって、もうメチャクチャじゃない。最後のアレっていったい何だったの?」
「敵兵を血煙に変えたから、死体の回収もできないと思って、焼き払わせたんだ。
そしたらああなった。俺もアレには驚いた」
「初めてだったんだから仕方いけどね」
「リンガレングを使ってしまえば、どれほどの大軍も無意味だな」
「そうよね。
ペラも大概だけど、リンガレングはそうそう使っちゃいけないんじゃない?」
「まあな。とは言っても、こっちが危ないときは躊躇する必要はないだろ?」
「それはそう」
「敵兵、文字通り全滅したんですよね?」
「ペラ、そうだよな?」
「はい。一兵も逃していません。捕虜を取った方がよかったですか?」
「捕虜の交換には使えたかもしれないが、ペラとリンガレングじゃ捕虜を取るのも難しかっただろうし、捕虜交換はお金で解決できる話だから別にいいだろ」
「はい」
「ねえエド、今回やり過ぎだったかもしれないけど、敵は恨みに思うかな?」
「事実を知れば恨みに思うんだろうけど、一兵も帰ってこないんじゃ事実の知りようがないから恨みようもないだろ。それより、一兵も帰ってこない異常事態に頭を悩ますんじゃないか?」
「確かに」
「何も分からないとまた攻めてくるかもしれないから、ヨルマン領にちょっかいかけたら痛い目を見ると敵に教えるために10人くらいは生かして逃がしてやった方がよかったかもしれない。とはいえ、通常の軍隊は俺たちにとって何の脅威でもないことが分かったわけだから、どうでもいいといえばどうでもいいか」
「いやにあっさりなのね」
「敵兵のことを考えても仕方ないしな。
それより、守備隊の隊長が書類をくれると言ってたけど何かな?」
「きっと今回の活躍についての感謝状よ。
それを持っていれば、ブルゲンオイストに戻って領主城に入れるんじゃない?
というか、それを持って領主城に行けば報奨金が貰えるんじゃない? 誰が誰だか分からないと辺境伯さまも報奨金を渡せないもの」
「そうだな。
俺たちがゲルタを救った英雄だってことを証明するものがないとマズいものな」
「そういうこと」
「ねえ、エド。ここにいつまでいる?」と、今度はドーラ。
「父さんが出発して、王都の手前で引き返したとすれば、そろそろゲルタまで戻ってきてもいいはずなんだよな。
みんなの意見を確認することになるけど、あと5日くらいはいよう」
「うん。そうだね」
「それでも父さんが帰ってこないようだったら、ブルゲンオイストに戻って、捕虜の交換の話が来ていないか情報を集めよう。俺たちは父さんの親族だから領主城に問い合わせておけば教えてくれるだろ」
「うん」
「ということで、ここにもう5日いるってことでエリカとケイちゃんはいいかな?」
「もちろん」「もちろん構いません」
「二人ともありがとう」
「でもねー、そろそろ下着もなくなってきたから、ちゃんと洗濯したいのよねー」
「そうですねー。やはりウーマの中じゃないと」
「それじゃあ風呂にも入りたいし、午後から守備隊本部に顔を出したら、街を出て人目のないところまで行ってからウーマを出して風呂に入って洗濯しよう」
「そうね」「そうですね」
昼食まで時間があったので、部屋の中の小テーブルにバナナを出してみんなで食べた。エリカだけ2本食べたが俺を含めエリカ以外は1本だった。
「みんな1本だけでいいの?」
「その黄色いのおいしいけど、食べ過ぎると太りそうだし」
「最近あまり運動もしていませんし」
「もうすぐ昼食だから」
「エリカは気にせずどんどん食べてくれていいんだからな」
「そこまで言われたら食べられないじゃない」
一仕事のあとの甘いものは実においしい。柱バナナのねっとり感がいいんだよな。エリカがまだ食べたそうな顔をして小テーブルの上のバナナの房を見ている。
生前台湾バナナとかフィリピンバナナとかそんなのを気にしてバナナを食べたことなどないのだが、台湾バナナはしっとりねっとり甘いと聞いたことがある。きっと柱バナナは台湾バナナに近いのだ。
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