第136話 反省会とうわさ話。使者。


 いちおうペラの衣住い、じゅうを整えて今日の仕事を終えた。

 あと残っているのは反省会だけだ。


 部屋に戻って靴をはいたままベッドに横になったのだが、ウーマのふかふかベッドに数日横になっていたせいでどうも寝心地が悪い。

 こうなってくると、ぜいたくな生活も善し悪しだな。

 とはいえ俺には魔力操作があるので無問題ではある。



 その日の反省会。


「「かんぱーい!」」

 目の前に並んだ料理を食べながらエールをごくごく飲む。

 今日の反省会は昼食時今回の遠征について話は終わっているのでタダの夕食会のようなものだ。


 特に話すことなく何となく飲んでいたら、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。


『軍が楽勝のつもりでズーリに攻め込んだものの、苦戦してるそうだぞ』

『その話、わたしも聞いたよ。なんでも万の兵で攻め込んで苦戦してるって』

『ズーリって兵隊の数少ないだろ?』

『5千にも満たないだろうって話』

『10倍の兵で攻めて勝てないってか?』

『もう3万くらい兵隊を失ってるんじゃないかって。後詰の万を全部投入して後はもうないらしい』

『それってほんとかよ』

『たぶん』

『それじゃあどうなるの?』

『負けて戻ってくるのか、新たに軍を送るかだろうな』

『軍を送るってそんなに簡単に送れるの?』

『どこかの領軍を当てにするんじゃないか?』

『どこの領主も嫌がるだろ』

『そうだろうな』



 軍隊というのは飯を食わせてやらなければいけない。勝っていようが負けていようが戦えば人は死傷し物は壊れる。戦いが長引けば長引くほど戦費はかさみ国に対する不満は増大する。いいことなど何もない。


 それが防衛戦争であれば仕方のない話ではあるが、侵略戦争となると救いようがない。

 領軍を当てにするということはここヨルマン領にも兵隊を出せと言ってくる可能性が高い。ヨーネフリッツ内でおそらく最も景気のいいのはヨルマン領だ。もし割り当てがあるようなら相当な数の兵隊を出すことになりかねない。どうなることやら。


「もしズーリにかかずり合っている時に西のフリシアとか南のドネスコから攻められたらうちの国危ないんじゃない?」


 フリシアは国内不安定。ドネスコは南のハグレアと紛争中らしいが、その状況がいつまで続くのかは不明だ。だからこそ短期決戦で臨んだのだろうが戦いが長引いてしまっている以上そういった危険が現実のものとなる可能性が高まってきている。国としてもそうとう焦っているのだろうと容易に想像できる。

 さらに言えば、ここで撤退すれば敗戦の責任と借り出した領軍への補償問題が発生するだろうが、負け戦である以上自己負担しかない。つまり勝たなければならない状況に置かれている。


「それはそうと、ワイバーンはいくらで売れると思う? カエルくらいで売れるかな?」

「カエルは金貨44枚もしたけど、どうかな? こんど遠征から帰ってくれば分かるから、その時までのお楽しみだな」

「そうね」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヨルマン領軍の実戦部隊の規模は陸兵8000名、うち騎兵200、騎兵以外7800。海兵は3000名となっている。これに後方を支援する部署などが付随して領軍を形成している。

 陸戦の主力はあくまで騎兵以外の兵科で騎兵は主に伝令として使われている。海兵は海賊等の対応のため主要港に分散配置されている。


 領軍の主な任務は領内の治安維持であるが、海賊、山賊の類の跳梁はここ十数年めっきり減っているため、訓練に明け暮れており、その結果高い練度を誇っている。

 このような状態のため領軍を縮小しても良いのでは。と、重役たちは辺境伯に意見していたが、辺境伯は領軍の規模を維持し縮小していない。




 少し時間が遡り、サクラダの星の面々が13階層からダンジョンギルドに帰還した2日ほど前。


 王宮より使者が領都ブルゲンオイストに到着し、領主ヨルマン辺境伯バトー・ヨルマンに向かって国王からの書状を読み聞かせていた。


「ヨルマン辺境伯は速やかに兵3000を差し出すこと。なお差し出し期間は6カ月とする。

 兵の維持費として月あたりフリッツ金貨2000枚、合計フリッツ金貨1万2000枚を差し出すこと。

 差し出した兵の損耗について王国は一切の責任を負わない。

 以上が、国王陛下から辺境伯殿への依頼**内容です。

 どうぞ、王印ともどもご確認ください」

 使者は書状を読み上げた後、辺境伯にその書状を手渡した。


 王印は本物であろうし、内容も本物なのだろう。ただ、内容があまりに無茶だ。


 本来国王には地方領主に対して軍を差し出すよう命じる権限はないため通常は「援軍依頼」であり維持費用は国が持ち、損害などは国が補償するのが一般的である。

 つまりこの書状は王権をかさに着た命令に他ならない。もちろん領主は拒否できるがその場合国王からさらなる無理難題が寄せられる可能性が高まる。

 領主とすればその辺の損得を勘案して返答する必要がある。


「簡単には応じられない内容です。いちど陛下にお会いして依頼内容の縮小を頼みたいのですが」

「ご自由になさってください。ただ、国王陛下が閣下にお会いになるかどうかはわたくしでは測りかねます。

 それではわたくしは失礼させていただきます」

 使者は何か言おうとしていた辺境伯を無視し、随員数名を引き連れて応接室から出ていった。



 ズーリ戦だが、ズーリ側もある程度疲弊しており現在戦況は膠着が続いている。ヨーネフリッツ側、特に軍内の主戦派と開戦を主導した一部廷臣貴族たちはさらなるひと押しで戦況の膠着を打開できるものと考えていた。その一環としての国内有力領主への戦力と戦費の供出依頼という名の命令だった。


 説明も何もないままの一方的な依頼**に辺境伯は憤慨したが、それではどうにもならないため直ちに重役たちを招集し、善後策の協議に入った。

「……。以上が国王からの書状の内容だ」

「無茶だ!」

「当家を何だと思っている!」

「ズーリでの苦戦のうわさは本当だったということだろう。中央も相当焦っているのだろうな。

 なんであれ、ここで従わない選択肢はない以上、わたしはこの内容を少しでも軽くするよう国王に頭を下げようかと思っている」

「閣下。このような無体な要求をする国王に会っても逆にさらに負担を強いられかねません。

 もし減額が実現したとしても貸し出した兵はすりつぶされて一人も帰ってこないのではありませんか? 兵には妻子のある者もいます」

「それは分かっている」

「募兵で数合わせするのはどうでしょう?」

「ズーリで国軍が苦戦中であるうわさは既に領内に広まっている。募兵を行なうにしても数を集めるのは難しいだろう」

「それでは徴兵ですか?」

「今でさえ人手が足りない領内でそういったことをすれば、働き手が減るわけだし、領外から人が来なくなる。募兵であれ徴兵であれ、いきなり兵として使えるわけでもあるまい。足手まといになるのが関の山だ。まともに行軍できるよう、せめて3カ月は鍛えねばならぬだろう」


「閣下、いっそのことヨーネフリッツから独立というのも手ではありませんか? わが領の収入を考えれば十分可能ではないでしょうか?」

「いや。わが方の産物の多くは領外で売っている。買ってもらわなければそもそも収入を得られない。それに食料も何割か領外から持ち込まれている。

 独立すればヨーネフリッツと敵対することになりいくさになった場合退けることはまず無理だ。戦にならなくとも陸路は使えなくなる。

 わが方の海軍ではヨーネフリッツ海軍に太刀打ちできない以上海路も塞がれ、早晩詰んでしまう。独立はあり得ない。

 となれば、金は積んでも差し出す兵の数を減らす方向で国王と交渉しよう」

「それでは足元を見られるだけではありませんか?」

「それは仕方あるまい」


 ……。


 会議はしばらく続いたが、結論として辺境伯自ら王都に赴き国王と直談判すると話がまとまった。


 その会議のあと、辺境伯は領軍をまとめるヘプナー伯爵を会議室に呼び、委細を話したうえ、領軍の陸兵から1000名抽出する場合、2000名抽出する場合、3000名抽出する場合の人名リストを作っておくよう指示すると同時に、領内各地に散らばる騎士爵に従者を連れて領都ブルゲンオイストの領軍本部へ参集するよう集合命令書を送るよう命じた。さらに各所へ募兵のための高札を立てるよう命じるとともに大量の武器、防具を領内の工房に発注した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る